13 光の啓示板
俺は一つ、重大なことを忘れていた。
この世界がゲームによく似た法則で動いているという事を、だ。
意識的に見ないことを選択し、無意識にそれを継続していたため、コロッと完全にその存在を忘れていた。
対象のステータス画面、正面の少女のステータスを“見たい”と念じる。
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【名前】キュユ
【種族】ヒューム・デオスカル
【性別】女
【年齢】14才
【善性】-17
【健康】通常
【位階】4レベル
【称号】村の問題児、悪童、家出娘
【職業】戦士4レベル
野生児2レベル
農夫1レベル
釣師1レベル
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ん?
俺とは逆に“善性”が下がっているな、【称号】に“家出娘”がついたせいか、社会的な評価がさらに下がっている。家出と言うのは社会的にというマイナスという扱いなのか?
その代わりと言っては何だが“戦士”が1レベル上がってる。野党との戦闘による経験値が入ったのか、吹っ切れるまでにかかった10日間で鍛え上げたのかは分からないが。
ゲームで考えれば、初心者として十分な成長だとは思う。
ただゲームと違う点は、街のすぐ外に初心者用のモンスターしかいないという“新人冒険者を育てるための理想的な環境”ができていないという点だろう。
確かにゲームでも1マップ奥地に入ればぐんと敵が強くなるようなバランスを取っている場合もあったが、現実はゲームではない。街の外に初心者では即死級のモンスターが平然と闊歩するところなどは理不尽極まる。
「なあ、力量を確かめたいってステータ・・・個人の強さを・・・こう客観的に見る方法ってないのか?」
もともとこの世界は、そういう個人的な能力などを数値化して、見ることができるようになっていたはずだ。その予測を裏付けるように「え? あるけど・・・」と、キュユは俺がその常識を知らないことに疑問符を浮かべる。
今まで接してきた冒険者ギルドや、宿屋、石材関係の人間が活用しているようには見えなかったため、記憶の片隅で朽ちかけていたような機能だが。
「参考までに聞きたいんだが、どうやって見るんだ?」
俺が取得したスキルの【鑑定】で見ているらしいという事は分かっているから、同じスキルを使える人間がいると思うんだよね。ただ、どうにも俺が見ているステータス画面は他者には見えないので、それを開示する方法を知りたいんだ。情報の共有ができなければ有効活用も難しい。
ゲーム時代はログイン中にSSを撮って、SNSに挙げて自慢する奴も結構いたんだが、そういう便利な機能は現実ではありえないんだよな。
それで客観的にと言うか、数値的に見て判断した方がキュユ自身も納得しやすいのではなかろうか。
「初級の魔法使いなんかが、そういうのを見れるらしいんだけど・・・」
「よし、じゃあ見てもらおう。どこに行けばそういう魔法使いに会える?」
「いわゆる回復薬を取り扱ってるお店なら、だいたい店員が使えるわ。自分の魔法で作ったものを販売しているんだし、逆に冒険者をやってる魔法使いは数が少なすぎて難しいと思う。傭兵団とか騎士団とかにも魔法使い専用の部隊があるから、そこに雇われていると思うし」
・・・ほんと冒険者ってカースト低いんだな。
宿の主人に店の場所を聞けば、一本裏に入った通りにご近所さんがあるとのことだ。
俗に回復薬と言われる、即効性が強く通常の治癒の何百何千倍の速度で傷を癒す魔法の薬は、高価ではあるが有無により命が左右される場面があるため、旅人や衛兵には必須アイテムであるらしい。
回復量の大きいものや純度の高いものは、非常に高価になるため流通量は少ない。
ちなみに塩ラーメンとかは、ゲームでは回復薬扱いだったが、ここでは普通に食料という扱いに変わっていた。
そして回復薬として一般的に販売されているものは、傷薬や解毒薬、整腸薬などが軟膏だったり飲み薬だったりするそうだ。
そのお店の付近は薬草と思われる草の臭いが強い以外は、昭和時代のタバコ屋のような印象を受ける店構えだった。
魔法使いや薬剤師というよりも、タバコ屋のおばちゃんといった愛嬌のある風貌の中年女性が、のんびりと日向ぼっこしながら店番をしていた。白髪が目立つ茶色の髪をひっつめて、目を細めて街の流れを眺めている様と、わずかながらもはっきりと漂ってくる薬草らしい青臭さが、妙な郷愁を覚えさせる。
時間帯の都合もあるのだろうが客足はあまりなく、長閑ですらあった。
なんというか、こういう雰囲気の人が自分の連れ合いで、引退後に縁側で一緒に茶をすすっていられたらなとさえ思えてしまう。
「すみません。こちらで能力を見てもらえると伺ったのですが・・・」
「はいはい。能力・・・“光の啓示板”のことかね?」
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【名前】サーヌ
【種族】ヒューム
【性別】女
【年齢】53才
【善性】13
【健康】通常
【位階】17レベル
【称号】やんちゃな魔法使い、街の薬師
【職業】魔法使い17レベル
薬剤師10レベル
鑑定士10レベル
市民8レベル
商人5レベル
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ふっと見たいと念じて、回復薬屋のおばちゃんのステータスを覗き見る。ある意味で覗きと一緒だから、罪悪感が半端ない。
結構職業レベルを持っているようだが、これが一般的な基準なのだろうか?
レベルの合計は丁度50レベル、年齢よりは低いので一年で1レベル上げられればいい方という感じかな?
「多分それです。どうやって見ていただけるのでしょうか?」
「見るのは簡単だよ。こうやって今も見ているもの。でも伝えるには少しお金がかかるよ」
そういっておばちゃんは俺とキュユの顔を交互に見回して、少しだけ下世話な笑みを浮かべた。
いぶかしんでキュユの顔を見れば、頬を少し赤く染め俯いている。
なんか、俺の知らない暗黙の了解というか、風習でもあるのか?
それとも普段は他人様に知られない情報だから、肌を晒すような羞恥心に苛まれているのだろうか?
「二人合わせて、そうだね銀貨五枚ってところでどうかね?」
と言われても適正価格かどうかわからないんだが。
まあ決して安くはないが、この世界の常識を知るための投資だと割り切ってしまえばいいか。
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【名前】レイニーゴ
【種族】ヒューム
【性別】男
【年齢】16才
【善性】047
【健康】通常
【位階】10
【称号】駆出し冒険者
【職業】弓士10レベル
打闘家10レベル
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現状の【偽装】した俺のステータスだ。
レベルの選択あたりが面倒なんでかなりいい加減なのだが、このあたりで問題になると面倒だな。
それに本当に【偽装】が有効なのかも知りたい。もしも【偽装】の効果がないのであれば、【鑑定】できる人間を極力避けなければならない。
「初々しくてお似合いさんだね。ちょっとあんた。勝手に先に逝くんじゃないよ。あたしゃあね、あんたらの泣き顔は見たくないからね」
「? はあ、まあ努力します」
銀貨五枚を払うと、おばちゃんは丁寧に受け取り、羊皮紙を二枚引っ張り出して、せっせと何かを記しだす。
「ちょいと時間がかかるけど、そのままそこで待っていておくれ」
と言われたのだが、体感的に20分くらいか、そのまま立ちん棒で待たされ、記し終えられた羊皮紙を渡された。
なるほど、自分にしか見えないのであれば、それを書写すればいいというわけか。
しかし、なんというか力業だよな。単純すぎて思いつかなかった。何より面倒だしな。
ちらりと羊皮紙を見た感じ、俺の【偽装】ステータスとキュユのステータスは、俺が見れるステータス画面と差異はないことがわかる。【偽装】が有効であることに少しだけ安心できた。
おばちゃんは俺にキュユのステータスを書き込んだ羊皮紙を手渡し、逆にキュユに手渡された羊皮紙には、俺のステータスが書き込まれていた。
おい、個人情報だぞ。
いや、この世界の価値観的には、似顔絵を描いてあげたくらいかもしれないが。
キュユは俺のステータスの書かれた羊皮紙を、大事そうに抱き茹蛸の様に顔を真っ赤にしていた。
あ・・・なんとなく落ちが読めた。
俺はおばちゃんに丁寧にお礼を述べ、宿屋に戻る。
そして、これが最大のミスでもあった。