11 塩ラーメン
「ほら、これを食わせたかったんだ」
ストレージに格納されていた塩ラーメンはできたて熱々の状態を維持されているため、そこから取り出されたラーメンの暴力的な匂いで、キュユの意識を誘導させる。
「匂いが強いし、この辺じゃ食べられていない料理だからな、隠れて食うしかないんだ・・・食わないって選択肢はなさそうだな」
キュユは茫然とした表情を浮かべ、顎よりも下、首を伝い胸元に涎のシミを作っていたのは見なかったことにしておく。
「な・・・なにそれ? すごい匂い! 食べていいの?」
「俺の故郷の、まあ一般的に食べられていた料理だ」
一瞬食べ方が分からなかったようで、硬直していたので手持ちのフォークとスプーンを渡してあげると、おっかなびっくりに食べだし、ラーメンの魅力に取りつかれたのか、一心不乱に食べ続けた。
「具材に豚肉使ってるけど・・・あ、宗教上の理由で豚は食べちゃダメだとかはあったか?」
俺の問いに耳は傾けていたかは定かではないが、もぎゅもぎゅとチャーシューやらを口一杯に頬ばりながら、旨そうに食べている姿はなんとも愛らしい。
後出しで、実は豚肉がダメとか言われても、責任持てんぞ。
「味が濃くっておいしい! 何これ! ナニコレ!」
割と熱いのは平気なようだが、汗を掻き出していた。あと、ついでに鼻水も。
それには気付かないように、汗を拭くように布巾を渡してやる。
「塩ラーメンだ。まあ、小麦粉を練ってひも状にしたものを茹でた料理だな。それをスープに入れてだな」
「ぷはぁ! おいしかった!」
講釈が終わりもしないうちに胃袋へ流し込み終える。こいつ、スープまで全部飲み干しやがった。
まあ提供した側から言わせれば残されるよりは全然気分はいいが、摂取された熱量と塩分を考えると、年頃の娘に勧める食い物じゃなかったな。今更だが。
満足げに、妙に艶の増した笑顔でいられると、少しばかり良心が痛む。
「で、これいくらぐらいの料理なの? これだけおいしいなら普通に料理屋やっても、経営していけると思うんだけど」
ゲーム内では300プルだったな、HPを500回復させられる効果を持った回復アイテムだった。通常の回復薬は1プルで回復できるHPが1だったから、かなりコストパフォーマンスに優れていたんで、メイン回復アイテムとして大量購入していたんだ。塩ラーメンが回復アイテムであったのはゲーム時代の仕様だったようで、この世界ではただの食糧としてしか使えない様だった。
で、素直に金貨300枚といえば、この娘一生仕えるとか言い出しそうだし、少なくとも俺にとっては、ゲーム内の金銭感覚では大した額じゃないので、言わぬが花という奴になるのだろうか。
ただ、この世界の金銭感覚に換算すると・・・。
「だいたい銅貨3枚くらいかな?」
「安い! 銅貨5枚でも商売になるよ」
「いや、ここじゃ再現は不可能だから、商売しようとすれば赤字になる」
良質の小麦や、出汁になる鶏ガラや豚骨、上質な塩、そして豊富な水。これらが安価でそろう現代だから商売になった代物だ。とてもこの世界・・・少なくともこの街ではどれも調達できそうにない。あ、あと忘れがちだが薪というか燃料も必要だな。スープなんかは出汁を取るのに一定の火力で長時間煮詰めたりするしな、そのための設備や労力も代金に反映されるものだし。塩ラーメンで必要かは分からんけど、出汁を一晩煮込むとかラーメン特集番組じゃ当たり前のようにやってるしな。チャーシューなんかも作るの大変なんじゃないだろうか。そもそも味付け用の醤油もないし、やばいなこれ、まじめにこの世界で作ろうとしたら金貨300枚行っちゃうかもしれんな。
「ところで、あなたって“三本目の腕”を使えるのね」
「ん? 三本目の腕?」
三本目の足なら知っているが・・・下ネタだけどな。
「そうやって、三本目の腕があるみたいに何かを持てる能力のことよ。確か“神様の小箱”とかいう言い方もあったけど」
「なるほど、それぞれの場所で呼び方が違うのか。俺はストレージって呼んでたけどな。三本目の腕か・・・これって皆持ってるのか?」
「まさか。一部の限られた人の特権って言われてるわ。神様がね、たまに気紛れか何かで超常の力を授けてくれるらしいの、そのうちの一つね。竜を一撃で倒せるほどの魔法の才能だったり、全てを切り裂ける聖剣だったり、才能か物品なんかを下賜して下さるのよ」
そりゃそうだ。石運びの仕事だって、誰も使っている形跡はなかったからな。誰もが使える能力ではないという事にも納得だ。
・・・ということは、だ。
俺が当たり前のように使っている、ゲーム時代からの能力も、ほぼ全てが一般的に使われている力ではないという可能性があるな。
本当に、迂闊に何もできない。
「じゃあまり大ぴらに言わない方が良いな・・・となると、口止め料を支払った方が良いか?」
「え? ・・・い、いらない。うん、それは遠慮します」
そうか? 口止め料として金貨5枚を巻き上げに来るのかとも思ったのだが。
いや、実力差がハッキリし過ぎているんだ、口止めとして俺が労力を費やすよりも、口封じをした方が速し楽だと判断された方が不味いのか。それこそここでこの娘を殺して、ストレージに死体をしまい込んだら・・・現場さえ押さえられなければ、疑いは持たれても証拠は残らないから多分、完全犯罪だ。面倒な要求をして不評を買うのは不味いと思っているんだろうな。
銅貨3枚程度の食事なら正当な報酬として受け取れるが、それ以上は強請りになりかねないと警戒して、要求をしないわけだ。
ちらちらと、俺が塩ラーメンを食うのを盗み見しているのも、もう一杯くらいなら“正当な報酬”の内に入るのではないかと勘案しているのかね。
非常に食べ辛いんでやめて欲しいのだが。
「あ~非常に言いにくいんだが。ラーメンをもう一杯要求するのはやめた方が良いぞ」
「え!? そ、そそそそんなこと思ってもないですよっ?」
「食わせといてあれだけど、食べ過ぎは体に悪いし、ラーメンばっかり食ってると内臓壊して死ぬぞ」
ラーメンのスープってのは想像以上に塩分が多いらしく、頻繁に食べ続けるのは良くないらしい。会社の健康診断後の健康指導相談でも、ラーメンなどの食事は控えるように言われてたからな。夜食でカップラーメンを常食していた奴は、医者にイエローカード出されてたな。生活習慣を改めないと死ぬぞって。
娘は「毒を盛ったのか」とでも言いたそうな表情に顔を歪める。
「え~とほら、薬とかって不味いけど体に良いだろ? だから逆に旨いものってのは体に悪いんだよ。まあそれでも一回食べた程度で、死ぬような影響はないと思うけどな」
「お肉ばっかりじゃなくて野菜も食べなさいってやつと一緒?」
「ああ、うん。そうそう、そんな感じ。ラーメンは塩が多いから」
キュユは納得したのか、唸るような声を上げ・・・いや、あの感じは理解できないから自分に言い聞かせているのか。
さて、実際のところ腑に落ちないことがある。
この娘が、俺に金貨を返すために探していたという話の内容だ。
街に入る際に所持していたことがバレたと言っていたが、なぜバレたのかという事だ。
なぜバレるような方法で持ち込もうとしたのか、むしろバレるために、隠しても持ち込んだ素振りをしたのではないかという可能性だ。一般に流通していない金貨なわけだし、実家が貧乏でも、一般的なジルード金貨でないことくらい分かりそうなものだ。
そんな特殊な金貨を所持していることを匂わせるだけでも、俺に接触するための捜索を――盗難か窃盗の疑いで騒ぎを大きくして――衛兵と憲兵に無償で手伝わせることができる。
そもそも、俺と遭遇し行動不能に陥った野盗から掠め・・・金貨を拾ったのは二週間近くも前だ、旅人が同じ場所に居続ける可能性は低いと判断するのが一般的ではないだろうか。湯治客でもない限りそんな長逗留するイメージが俺にはできないだけかもしれないが。
つまり、俺がプルピール金貨を使用していれば、その珍しさから衛兵の記憶に残り、足取りくらいは追えると判断していたという仮説だ。
当ても伝手もない状態で、闇雲に探すよりは効率的だろうし、金貨をサクッと返還してしまえば、かけられていた疑いも晴れる。最悪の場合でも、拾得物として提出してしまえばいい。
プルピール金貨を俺が使用しておらず、衛兵たちも見たことがないならば隠し財産だとシラを切り通せば信じるしかないわけだし。
俺に何か用があって、金貨を使って探して・・・いや燻りだしていたのではないのだろうか。
なにせ隠そうと本気で思うのなら、呑み込んで胃袋に入れてしまうとか、尻の穴から腸内へ突っ込んでしまうとか、そういう乱暴な方法もなくはない。事実、麻薬の密輸なんかではそういう隠し場所を選択して、空港で捕まったなんてニュースは見たことがある。
そこまでしなくとも、鎧が当たり前に着られているのだから、鎧の中に仕込んでおけばいい。検閲で指摘されても、補強に金属片使ったとでも適当なことを言っておけば、分解されない限りは分からないし、その程度で分解してくるとも思えない。
もしそうであるなら、なかなかに強かな娘っ子だな。
まあ、あれだ。俺の飲み残した塩ラーメンのスープを、物欲しそうにガン見していなければ、策略家としての信憑性も上がるのだが。
「・・・そういうのはしたないからやめなさい」