表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第一章 適合生活
20/130

08 憲兵からの呼び出し

 それにしても憲兵から呼び出しなんて、俺何かやらかしたか?

 仕事にしても、つまりは金銭を得る手段も冒険者ギルドを通している。正規の手段で正規の報酬を得ているだけだ。無許可の大道芸や、スリ盗み集りなどおよそ犯罪と言われる行為にも手を染めていないし、そういう連中の被害にも会ってないし、加担もしていない。一人分の仕事以上のことをしてはないはずだし、思い当たる節がない。

 冒険者と言っても、帯剣すらしていないんだ。刃傷沙汰や、武器をひけらかしての脅迫なんてこともない。酔うような酒も飲んでいないんだ、前後不覚になって暴れたという可能性も低い。まあレイニーゴのスペックで自我を失って暴れたら、街には消しきれないほどの損壊が出ているはずだ。翌朝になったぐらいで損壊を完璧に消し去ることは不可能だと思うから、その可能性もほぼないと思う。

 内々尽くしで、一切思い当たらない。


――不味いな。


 非常に不味い事態だ。

 道すがら、気温と運動でにじむ汗とは別の何かが、背中を伝っていく。

 非常に不快な感触だ。

 何もないということは冤罪の可能性がある。それは予測不可能、想定外の事象で罪に問われるのだ。そして、司法の成熟度はたいして高くないと思えるため『悪いことが起きたら全部余所者のせい』という暴言を吐かれる可能性は高い。

 実際に日本にいた時の会社でも、新入社員や中途採用者が入るたびに、少額の横領を繰り返す奴がいた。被害のタイミングから『新たに入ってきた異分子の悪事』と決めつける人間は多い。それが分かっていたから、そのタイミングで横領を繰り返して、新入りに罪を被せていたみたいだったが。

 まあそいつは、ありていに言って、質の悪い屑だった。

 最終的には、そいつの生活態度・・・金遣いの荒さから露見したんだけどな。

 誤認による嫌疑をかけられるまでは仕方ないにしても、それを証明する手立てというか、証明する必要性を司法側が感じてくれないと、一方的に断罪され罪をかぶらされる。本当に悪事に手を染めた奴が馬脚を露わすまで、断罪を保留してくれるとは思えない。


――冗談じゃないよな。


 万が一の事態だが、憲兵を振り切って逃げ出す必要があるかもしれない。

 できればやりたくない事態だが。

 通信網が未発達だから、即座に全国指名手配にはならないと思うが、いずれ噂に追いつかれる。そうなれば今度は国外逃亡だ。


――俺は安住の地が欲しいだけなんだがな。


 ままならない。なんともままならない状況だ。こうなる可能性が低いにしても、ゼロではない。

 最悪の想定はしておくというのは、仕事中にトラブルが発生しパニックにならないための、重要なイメージトレーニングだ。心構えができているだけでも随分と対応に差が出るものだ。


――ああくそ! もう着いちまった!


 目の前には衛兵の詰所があった。

 一般的な競歩程度の速度で歩かなければいけない必要性から、思考時間はあまり長くは取れなかった。

 想定できた範囲内の事態であることを、後は神に祈るしかない。

 まあ・・・この世界の神様はものぐさみたいだから、祈りが通じても面倒になりそうではあるが。


「レイニーゴです。何かこちらに出頭するように言われたのですが?」


 詰所はようするに門の内側にある、衛兵たちの休憩所だ。その休憩所を襲撃されないために立ち番をしている衛兵に声をかける。

 一日中立ち番しっぱなしというのはさすがに無理があるから、ある程度の時間立ち番をしたら、交代してここで休憩を取ることになっている。

 また、緊急事態に備え、詰所で待機命令というものもあるらしい。

 害獣が出た時の戦力とかだな、彼らが全員普段から立ち番をしていれば、その威圧感で塀の外へ農作業に出る者や、街に入ってくる行商人に不評を買うので、人目に付きにくい、気を抜いて休めれる場所というのは必要だ。


「君が? ああ助かる。少しばかり特殊な事態でね」


 そう言って招かれて詰所に入る。

 部屋の中には衛兵が二人と憲兵が一人。衛兵は、荒事に擦られた柄の悪さはにじんでいたが、悪人ではなさそうな印象だ。鎖帷子に手槍という一般的な武装をしている。対して憲兵の方は、神経質な雰囲気を持つ文官といった感じだ。黒い制服をピシッと来ているが、鎧を着こむといった風体ではなく、所々革で補強された厚手の布製だ。町中で、これ見よがしに武装している人間は少ないので、揉め事が起きても出てくる武器は包丁やナイフといった程度を想定しているのだろう。

 権力は強いのかもしれないが、体格的には衛兵に劣る。憲兵だけが腰に帯剣しているあたり、やはり剣は権威の象徴であるみたいだ。


「これが何か分かるか?」


 そういって布手袋をつけた手に持って見せてきたのは一枚の金貨。

 1プル。


「ええ。・・・確かプル・・・ピール金貨でしたっけ?」

「ああ、君はこの街に入るとき、入街税としてこの金貨で支払ったよな?」


 ん? 出所を探っているのか? それともプルピール金貨って流通させてはいけないものだったのか?


「いいえ。両替商に換金して貰いそこから、銀貨で支払ったはずです」


 価値のあるもので税金を建て替えたわけではなく、価値のあるものを売却して得た金銭で支払っている。流通させたのが悪いのであれば、両替商が悪いということにならなければ納得できない。


「そういう、手続き上のことはどうでもいい。君がこの詰所で、この金貨を出したかどうかを聞いている」

「・・・ええ。分かりました。確かに入街税の元はそれになりますね」


――なんかきな臭いな。というかプルピール金貨が呼び出された原因か。


「では君は、この金貨をどこで手に入れた?」


 不味い。答えられない質問だ。

 いや、答えられるが、正式な返答として通用するか分からない答えしか用意できない。

 テン・タレントのゲーム時代であれば、モンスターを倒せば自然とドロップするものだし、クエスト報酬なんかでもたんまり貰えたものだ。それこそ子供が依頼主のお使いクエストの報酬で3000プルとかざらに貰えたものだ。

 こういう聞かれ方をするということは、モンスターを倒しても金貨はドロップしないということになる。元々ユーザーの間ではよく『なぜモンスターが人間社会の通貨を落とすのか』という命題で論議することはあった。魔王が金貨や宝石を媒介にしてモンスターを生み出しているという作品もあったが。

 通常のモンスターというか、害獣駆除をした場合、日本で熊や猪に鹿などがそうだが、駆除された獣の死骸は、毛皮が再利用されたり、肉は食用として加工されたりして、販売され活動資金になっているのではという憶測していた。ゲームでは再現されていない部分のやり取りを、お金をドロップするという短絡的な方法で表現していると俺は思っていたのだが。

 まあ、実質この世界でモンスターどころか、害獣すら倒してないのでドロップしたわけではないが。

 『ストレージに眠っていたゲーム時代のお金です』と言って理解してもらえるわけはないよな。うん、言葉にして反応を見るまでもない。恐らく理解できない言葉を織り交ぜて煙に巻こうとしていると解釈されるだろう。

 当然この答えも不味い。

 かといって完全な嘘も不味い。見破られた時に取り繕いで、更にボロを出しかねない。


「・・・ええっと、その。・・・家を、出るときにストレージから持ち出したもので・・・」


 即答できなかった間を誤魔化すためにも、少しばかり後ろ暗い言い方にしておく。親の金をクスねて旅に出たドラ息子くらいに解釈してくれると助かるのだが。

 家の主・・・つまり本来の金貨の持ち主が訴えない限り、問題にならないと思う言い訳だと思うが、どうだろうか? 当然、真の持ち主は俺なわけだから訴えなどあるはずもない。


「・・・やはり、そうか。いいえ、そうですか」


――・・・ん?


「では、このお金をどこかで使いましたか?」


 街に入るときでも面倒だったので、あれ以来換金はしていないし、誰かに不用意に譲るようなこともしていない。極力ゲーム時代のお金は使わないで生活するために、冒険者ギルドに登録して今は石運びなんてやっているんだ。


「あっあったわ。この街に来る前に野盗たちに襲われ、身の安全を買うために6プル支払った」


 言いながら恥辱の感情が込み上げてくるのはやってられないな。

 精神的に強くなりたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ