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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第一章 適合生活
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06 貧乏生活

 草むしりの報酬は銅貨10枚だった。

 宿の宿泊費が4日で銀貨1枚、銅貨で払うなら約35枚になるらしい。つまり一日の宿代は素泊まりでだいたい銅貨8枚。

 ・・・差額は銅貨2枚になるが、これは宿で朝食をとると吹き飛び、夕食をとれば完全に足が出る。

 昼食は手持ちの食糧で、空腹も世間もなんとか誤魔化せるだろうが、朝晩の食事をしないという姿は不審がられるだけだ。質素でも飯を食べている姿を見せなければならない。


「・・・この町ってラーメンないんだよな」


 今朝方、宿屋の朝食で麺類があるか聞いてみたんだが、主人は見たことない様子だった。小麦粉に水を加えて練って作るものといえば、基本的にパンになるらしい。つまり、どうにもラーメンは異質のようで、俺が食いつないできた塩ラーメンも封印せざるを得ない状況だ。

 人目に付くところで食べれば、奇異の眼差しを向けられることになり、なるべく目立ちたくない身の上としては望むところではないのだ。自分がラーメン職人ならまだ言い訳の方法もあったんだろうが、残念ながらただの旅人として街に入っているし、そもそも麺を打つ道具も持っていない。

 主食は小麦のようだが、貧乏な冒険者が口にできるのは硬い石のような黒パンがせいぜい。今朝初めて口にしたが、酸味が強く草のエグミのようなものを感じた。はっきり言って不味い。パンというよりも小麦粉を焼き固めた、おおよそ日本人の感覚では食料とは言い難い物体だ。何より時折小石を噛むのがいただけない。おそらく小石との分別が完璧ではないのだろうが、業務改善命令と営業停止処分がセットで来るレベルのクレームだと思う、日本なら。

 もちろん好んで食べたいとも思わないし、頼まれてもいらない。懸賞金があれば何とか・・・。

 だが、目立たないというお題目のためにも食べざるを得ない・・・苦行だ。

 昔食べてことのあるアメリカ軍の携帯糧食、バター味の硬い石鹸のようなブロックの方が、味の面でも栄養面でもはるかに勝っていた。食べる労力は同じくらいなんだが。

 日本人向けのラーメンなんて、どれだけ高級品になるか分かったものではない。しかもそれを懐から無尽蔵に出して食う姿は、さすがに誰にも見せられない。


 ゲーム時代、テン・タレント時代にため込んだ資産を使えば楽に暮らせるが、悪目立ちは絶対に避けられず、面倒ごとに巻き込まれることは目に見えている。基本的に臆病者で、荒事にも巻き込まれたくないので、楽に暮らせるはずの資産は全て封印対象だ。最も小出ししたり隠れて使ったりする分には大丈夫だろうが。


 そして導き出された結論は、完全な赤字。


 収入より支出のほうが多いため、このままでは所持金がなくなる日までそう遠くない。

 赤字を回避する手段は、そんなに難しいことではないが、数多の手段があるわけでもない。大まかにして二つ。

 収入を支出以上に増やすか、支出を収入未満に減らすかの択一になる。

 収入は増やせない。

 まだ駆け出しで、一日頑張って働いた賃金が銅貨十枚なのだ。

 夜間も働けるような場所があればいいが、そうそういい話はない。信用のない人間を好んで雇う店はないだろう。これがまだ若い娘かつ、それなりの容姿をしていれば、給仕として働くという選択肢もあったかもしれないが、残念ながら俺は男だ。

 とるべき手段は、支出を減らすしかない。

 そこで思いついたのが、食費の低減つまり食べられる雑草や野草を積極的に摂取することで、食事にするということなのだが・・・。


「穀類がないんだよな・・・炭水化物がない。これは飢える」


 芋のような物でもあればと思ったが、やはりそんな都合のいいものはなかった。そもそもあるようなら、貧乏な町の子供たちが根こそぎ持ちだしている。

 一応、ゴボウのように根が食べられる草はあったが、灰汁抜きなど手間がかかる上に可食部位がそんなに多くない。手持ちのスキルで調理法が調べられたのだが、端的に言って効率が悪く、灰汁抜きに費やす燃料費を食費に回した方が安上がりというありさまだ。

 これで収支をプラスにしたければ、無駄を減らすために大量の灰汁抜きや湯掻きを一気に行うしかないのだが、今度はその設備がないと来た。

 他にも、そのまま食べたり、煎じて飲んだりと有効活用できる草を貰いはしたが、それだけで食事が賄えるかといえば否だ。

 天ぷらで海老やかき揚げを食わずに、大葉だけで腹を膨らませるようなものだ。もしくは炒り胡麻だけで腹いっぱい食うイメージか?

 それでもいざという時に、何も食う物がないという状態よりはましなので捨てずにストレージにしまっておく。鮮度も保てるし、何ならストレージ内で分別もできるので便利だ。

 そういうわけで主食たり得ないので、別の手を打つ必要に迫られるわけだ。


 そして俺が打った手は、実に簡単な手段で、宿のグレードを下げた。

 銀貨一枚で10日泊まれる安宿を教えてもらい、そこに定宿を移したのだ。今泊まっている宿の主人には素直に金がないからと、懐事情を告げ安宿を紹介してもらった。少し入り組んだ路地を進んだ先にある、駆け出し冒険者御用達の宿だそうだ。

 建屋が傾いているようなことはないが、年期は入りかなり古く、民家を改装したような作りで、民宿といった方がいいかもしれない。

 もっとグレードの低い、激安宿というものも存在するようだが、そこは宿の主人に止められた。色々と問題があるので俺には合わないからやめておけという忠告も貰った。

 そこはドブ浚いなどをする冒険者たちが泊まる宿らしく、彼らは毎日泥塗れになって作業するため、宿にも泥が入り込み、泥を見ずに過ごせる日はないらしい。確かに、同じ作業をしていない人間には合わないなと察した。

 要は常に泥塗れだから安いということで、ドブ浚いをしない以上やっかいにならない方がよいという話だった。


 俺は善意ある忠告を素直に受け取ることにした。

 変に反骨精神を発揮する場面でもないし、紹介してもらった安宿でも赤字生活が解消できなければ、次善の手段ということで記憶の片隅に留めておこう。


 新たな宿でも部屋の大きさはさほど変わらない。日本時代のマットレスを知っている身からすれば、干し草に布をかぶせた粗末なベッドはとても寝心地が悪そうだ。他にろくな家具はなく、やはり簡素な机一つという3畳間ほどの部屋。窓はあるがガラスなどは嵌っておらず、木の板を持ち上げてつっかえ棒をするタイプの窓・・・突上戸と言うのだったかが付いていた。

 当然カーテンはなく、採光も今一で部屋が薄暗い。

 風呂はなく、食道と便所も共用。

 あまり部屋に籠りたいとは思えない居住空間だ。

 壁が薄すぎて隣部屋の生活音が丸聞こえという事態には陥っていないことが救いだろうか。


「しかし、これはこれで暇だな・・・」


 昼間の草むしりを終えて宿に戻れば、食事以外にすることがない。

 食事も簡素な硬いパンと塩味の野菜スープだけだが、慣れればあまり問題はない。・・・決して旨いとは言えないし物足りないが、宿の食事は、対外的に普通の人間ですアピールのためと割り切ってしまえば、どうにか我慢はできる。

 どうしても我慢できなくなれば、ストレージにしまい込んであるゲーム時代の食糧を取り出して食べればいい。ああ・・・もちろん個室に籠って隠れてこっそりとだ。

 水を買い、絞ったタオルで汗を拭うと、後はもう寝るだけだ。

 ベッドに寝転がり、メニュー画面を開く。

 ふと、今まで出会った人々のだれもが、メニュー画面を開いているようなそぶりは見せなかった。

 もしかしたらこれが俺だけの特権なのかもと思ったが、そうすると世界の在りようがおかしくなる。数値化された世界なんだから、見れなければ大前提が狂うのではなかろうか。もしくは小さいころから、生まれた頃から皆一様に見えているので、他人にメニュー画面を見ていると悟られないような境地に全員が達しているのかもしれない。俺が他人のメニュー画面を見れないため、そのあたりの確認は全然できないのだが。


 そして草毟りが終わるころには、貯蓄は銅貨二十枚に達していた。

 最も街に入るときの換金の手数料と税金、最初の宿屋代は省くが・・・。


 まだまだ赤字だが、黒字の目星はついた。

 この街で生活も板についてきたというところか。

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