03 流れ者の扱い
「ここが冒険者ギルドか・・・」
ありていに言って、藁にも縋る気持ちだった。
街に着いて収入手段を得ようと、木工職人の工房の場所を宿の主人に聞いてみた。生来インドア派で、旅から旅の根なしの草は性に合わないと分かっていたので、この街に根を下ろすためにも定職に就きたかった。
とりあえずバイトでも、といった感覚ではあったが・・・。
「余所者に出来る仕事はねーんだ。帰ーんな」
塩でもぶちまけられそうな勢いで、木工職人の工房から叩き出される。
少し自身を売り込みしたら断られ、少し食い下がったらこの様だ。
なるほど宿の主人に木工職人の工房を聞いた時に、少しだけ憐れんだような視線を向けられたのは、こういう展開になることを知っていたからだろうか。
「丁稚もしねーで、雇えと言われたって、出来ねーんだ。腕の良し悪しは関係ねー、そう言うもんだ。お前が余所者だからできねーんだ。分かったか若造! 分かったら仕事の邪魔だ、とっとと帰ーんな」
取り付く島もないと言うか、取りつかせる訳にはいかないと言う勢いで、突き放されては致し方ない。
「・・・やっぱり駄目だったか?」
逃げるように宿に戻って、安酒――程度の低いワインのような果実酒を薄めたものを注文すると、宿の主人が気遣いを掛けられる。
ノンアルコール飲料が井戸水くらいしかなく、安価な飲料となればアルコール分を低くした、こういうものが一般的なんだそうだ。別に何も飲まなくても良いのだが、宿の食堂でくつろぐにもそれなりの作法が有る訳で、昼間から角が立たない飲み物の定番はこんなのしかない。飲める水が無料と言う訳でもないし、その他のノンアルコール飲料は保存が効かないために、基本的に置いてない。
果物が沢山取れる時期なら、フレッシュジュースもあるそうだが、これまた結構高いらしい。
しかしながら、プルピール金貨を下手に使うと悪目立ちするので、倹約できるところは消費を押さえておきたいという、こちらの財布事情と言うのもある。
ああ、コーヒー飲みたい。
「何故でしょうか?」
「・・・そりゃ・・・、お前が旅人だからだよ。技術を教えて育てて、ようやく一人前って時にまた旅に出られちゃ、たまった物じゃないってことは・・・分かるだろう?」
ちょうど他の客が途切れた時間帯であったせいか、宿の主人が話に乗ってくれた。
この街では、5~6才で丁稚として職人や商人の下働きに就くのが一般的であるらしい。そして、一通り仕事の常識や流れのような物を学び取ると、10才辺りの年から弟子として、つまり後継者として鍛え上げられるそうだ。そして15才で成人となり、そのままそこで働くか、場合によっては独り立ちすることもあるらしい。
「悪いがなぁ・・・余程後継者に困っていなければ、流れ者が入り込む余地はないんだ。街の子供だって無職じゃ食っていけないから必死になるし、職人も商人もどうせ使うなら自分の街の子が良い」
要は自分の甥や姪を可愛がるのと、他人の子供を可愛がるのでは、当然愛情の注ぎ方に差が出る。それが街全体、職種全体に広がった感じか。
完全に余所者の入る余地は無いな、こりゃ。
余所者不審の根幹は、その人物の人となりが全く分からない事だ。何の裏付けもなく、信頼の担保となる物が無いのだ。身内贔屓と言うよりは、純粋に余所者が信用に足らないのだろう。
これが先達たちの遺した功罪か。
「流れ者がこの街で職を得ようと思ったら、どうすればいいんですか?」
「一番確実なのは、市民権を得ることだな。手段としては、えーと何だっけ・・・確か税を・・・遡求? すまんな法律は詳しかねーんだ。ありていに言えば金で買う・・・言葉は悪いけどな、それが一般的だ」
税を遡求・・・この街で生まれた人と同じになるように、過去に遡って未納だった税金を全部払うってことか?
「何かしらの身分証が有れば、それで型がつくはずだ。まあ旅をするのなんか商人くらいしかいないからな、商人達は自前の互助会に登録してるからその身分証を持っている。そして商人以外が就ける職業は大体衛兵だな」
仕事は、一日中外壁の警護に当たる衛兵か。悪党や獣に狙われているからこそ、街に城壁が有るのだ。当然外敵と戦う可能性が高く、負傷率も高くなる。そこへ新米の市民が、市民権を買ったばかりの元余所者が任に就くのは、恐らく命の価値が安いからだろう。
例え死んでも悲しむ人が少ないのだ、当然の流れであると言える。
「他には稀に神官様が徳を積むための修行の旅で訪れるくらいだな。・・・まあ、あんたみたいにぽろっと流れてくる変わり者も居るが、そう多くは無いな」
「そう言う身分証を持ってない場合はどうすればいいんでしょうか?」
「な!? 持ってないのか? 辺境の開拓村でもない限り、村長の権限で簡単な紹介状などを用意して貰える筈なんだがな。まあ、お前さんは商人には見えんしな・・・」
どこかの金持ちの家出息子か?
宿の主人が考え込む仕草をするように、さりげなく口元を手で隠したが、割と高性能化した耳が、聞かせるつもりの無い言葉を拾い上げてしまう。
まあ、似たようなものかな。少なくとも第三者視点で見れば、そう取るしかないだろう。
実際問題保有している金の総量はヤバイことになってるし、金で爵位が買えるなら貴族になるのも簡単だ。
「うーん・・・となると冒険者共の互助会に行くしかないな・・・。お勧めは出来んが」
おおお! あるんだ冒険者ギルド!
「有名な盗賊の頭目や、異常者じゃない限り、余程の事が無ければ登録できるが・・・。英雄物語に憧れを持つのは勝手だが、そんなにいいもんじゃないぞ」
どうにも表情が緩んだのを、感付かれたようだ。冒険者ギルドと言うのは余りイメージの良い組織ではないと諭されてしまった。
と、おおざっぱにこの街に着いての行動の顛末だ。
冒険者ギルドで登録できなければ、俺はこの街で身分証が発行されない事になる・・・らしい。在り金全部神殿に寄進して数年間奉仕に精を出せば、神殿が認めてくれることもあるそうだが、そこまで迂遠な事をしてまで欲しい物でもない。
元々無神論者だし、そんな面倒を負うくらいなら人里離れた山奥にでも引き籠るつもりだ。
そして冒険者ギルドだ。
残念ながら夢や浪漫は無い。
想像したよりも荒事は少ないそうだが、無かったんだ。
そもそもこの街には、外縁を護る衛兵隊があり、街の治安を守る憲兵隊があり、商人や旅人の護衛を担う傭兵団があり、更に領主の騎士団まであるのだ。荒事は基本的にこの4つの組織が担っているため、冒険者の出る幕は無い。
命を預ける側からすれば、身分がハッキリしていると言うことは、そのまま信頼に繋がると言うことなんだな。
じゃあ何が仕事になるのかと言うと、その他、十把一絡げのような雑務が多い。内容は単純だが、力仕事が多いそうだ。まあ、真面な教育を受けていないような――少なくとも日本レベルの義務教育は存在しない為、識字率も低い――連中を相手にするのだ。小難しい事をやらせるよりも、単純明快な肉体労働の方が向いている。
そもそもはギルドの立ち上げ動機に、浪漫が欠片もない。元々は街の外縁部に住み着いた――いわゆるスラムを形成する人間に職を与えるための、職業斡旋所と言うことだそうだ。
ホームレス専用のハローワークだな・・・やっていることは。
職を与えることによる、所得が得られ社会貢献を自発させ、ひいてはモラルや治安環境の向上を目的とした、浮浪者管理システムである。
つまり、今の俺は社会的には浮浪者と同じ括りと言うことになる。そこそこ身綺麗にしており、宿に泊まるだけの金を持っていると言う違いはあるようだが、それだけで信用は得られないと言うことだ。
「はあ~、納得だ」
テンションは下げ止まり状態だが、客観的に見れば今の俺を雇いたいと言う工房は無いと言うのが良く分かる。日本だって住所が無ければまともな職に就けないのだから。この世界・・・この街では戸籍が無く、出生届けや、個人IDのようなものもない。その為に、元々領主から任命された、それなりに信頼の有る集団の長による保証が必要になる。
生まれた村や街の管理者が「確かに彼はここで生まれました」という証明と保証が、唯一の寄る辺になっている。
それほど身分証が重要なんだ。
そして冒険者ギルドは、二階建てで一階部分が石造りで、二階部分が木造の、ヨーロッパ辺りの酒蔵を改造したような建屋だった。
建物自体も、建物の周りもそれなりに気を使っているのか、掃除が行き届いており奇麗になっている。
浮浪者に職を与えるなど冒険だな! と言った昔の領主の言葉が「冒険者」の語源だとは、切ないにも程があるだろう。




