02 初めての街
街は巨大な城壁に護られていた。
高さは5メートルくらいだろうか? その石壁がぐるっと街を囲っている様は、中々の重厚感があり趣深い。ただ純粋な巨大感というか圧迫感では、たぶん日本の郊外型複合商業施設方が高さは倍以上あるので圧倒している。あのカラフルなカラーリングを武骨な石積に置き換えて、規模を拡大させたようなものだろうか。
城門の外に木の小屋が併設され、そこで出入者の管理を行っているようだった。
人影はまばらで、城壁外に農地を持つ農民が足早に街へ帰っているくらいだろうか。
――忍び込むのは無しだな。
軽く跳躍すれば、悠々と飛び越えられる高さだと認識できたが、それは面倒の種になる。顔認証システムなんてないと思うが、正規の手段で通行するに越したことはない。それで無理難題を吹っ掛けられるのならば、その時に対処すればいいしね。
「・・・ん? にーちゃん、旅人さんかね?」
槍と鎖帷子で武装をした衛兵が、割と気さくに声をかけて来たが、表情は露骨に不審がっていた。
まあ街の住人でもないし、荷物もないから行商人にも見えない風体の人間が、ふらふらと街に来る事は余りないのだろう。
しかしにーちゃん呼ばわりには慣れないな。
「ええ・・・はい。そうです」
「名前は?」
「レイニーゴです」
「字は書けるか? 書けるなら記帳をしてくれ」
すんなりと書ける文字は日本語と拙い英語くらいだ。ざっと見渡した感じ、この世界の言語はどちらでもないため。残念ながら彼らが読める文字での記帳しなければならない。
転生特典で貰った能力なのか自動翻訳されているのか、書いてある文字は読めるのだが書こうと思っても上手くは書けない。こちらの言葉で自分の名前をどう書けばいいのか思い浮かべると、どうペンを走らせればその文字になるかまでは脳裏に浮かぶのだが、それを出力しようとすると非常にぎこちない文字になってしまう。
身体が動きを覚えていないせいだろう。
筆記具は羽ペンではなく、棒状に形を整えた木の枝に、煤を油で練ったようなインクを付けて、これまた表面を均した木の板に記す物だった。俺がラーメン食うために急遽拵えた箸の方が、よっぽど上質で手を加えた品になっているくらいだ。
非常に拙い筆記具だとは思うが、その精度を見る限り、俺の【木工職人】スキルで製造できる物の方が、遥かに上等な物が作れると確信して内心ほくそ笑む。この程度ならば俺のスキルは即戦力どころか、並の職人を凌駕できる、十分職にありつけるはずだ。
どうにか記帳した文字は、小学生になって初めて自分の持ち物に記名した時のような、何と言うかどうにか読める拙い文字乗羅列になってしまった。これは何とも見っとも無い、反復練習が必要だな。
「通行税は銀貨一枚だ」
「あ、銀貨持ってないで・・・」
「じゃあ帰んな」
言い終わるよりも早く、腕を掴まれ小屋から追い出されそうになる。
仕事が早くて良い衛士だな。
「金貨なら持ってるんで、両替とかできないでしょうか?」
「銀貨持ってない・・・ああ、文無しって意味じゃないのか。どれ、金貨を出して見な」
例によってゲーム時代の金の最小単位になる1プルを差し出すと、衛兵はいぶかしげに金貨を眺めた。
俺の手から毟り取って行かない辺り、かなり真面な倫理観を持つ人間のようだ。
「んん? ジルード金貨じゃねーんだな? ちょっと待ってろ両替商を呼んで来る」
ふむ、この世界の通貨・・・と言うかジルード金貨と言うものが一般的なのか。
確かテン・タレントの金貨はプル・・・プルピール金貨だっけか?
拙いな、価値観がさっぱりだから、金貨の価値も分からんな。
「傷一つない良好な状態の金貨ですね。この程度の物ですと・・・銀貨40枚と言った所ですね」
連れてこられた両替商は窺うように、プルピール金貨を査定した。一般的なジルード金貨よりも金の純度が高く、少しばかり高値で取引してくれるらしい。
両替商は手数料として銀貨5枚分徴収し、残り銀貨35枚。その内銀貨5枚をさらに銅貨に両替して貰い、所持金が銀貨30枚と銅貨160枚になり、ちょっとした荷物になっていた。
「これはこれは。今後とも御贔屓に」
因みに本来なら銀貨から銅貨に両替する時でも手数料が発生するらしいが、今回は一括で両替したのでサービスと言う形になった。
その代わりと言っては何だが、また金貨を両替するようなことが有れば自分を指名して欲しいと、名前の書かれた木札――ようは名刺か――を渡された。
取り敢えず街に着いたのだから、活動拠点を決めなければならない。
と言ってもそんなに畏まって、慎重に決める必要もないのだが、余りに何も考えずに外れを引くのも馬鹿らしい。
そこで選び出す宿の条件は、表通りに面しており人の出入りは多い事が第一条件。ここが犯罪都市でもない限り、そこまで大外れを引くこともない。期待外れだったとしても、料金の割にサービスの質が悪いと言う程度だ。この街を良く知らない人間が泊まるのなら、変に通ぶって宿選びをするよりは、よほど真面な宿であるはず。目立つ立地と言うことは、この街の顔と言うことになるのだ。サービスが悪ければ悪評となり、宿どころか町全体の評価が下がる。それは収益に直結するわけだから、商売人がそこまで馬鹿だとは思えない。
裏通りにある隠れた名宿と言うのもあるだろうが、素人の俺には探し出すスキルは無いし、裏通りにあるだけの理由があるものだ。
そう意気込み宿を選別しようと思ったが、残念ながら空振りに終わった。
そこまで宿が多くないのだ。
明らかに高級な装いの宿が一軒、並程度が三軒ほど・・・。
その程度しか、表通りからは見えなかった。
並程度の内の更に一番平均的な宿を選ぶ。宿舎の規模はそんなに大きくないが、人の出入りがそこそこあったのが一番の選択理由だ。
――銀貨一枚で4泊か・・・。飯は別料金で、部屋はそこそこ小奇麗だが、ベッドと荷物を置くスペースくらいしかないか・・・。ビジネスホテルだなこれじゃ。
たまにはした旅行も、何人かで雑魚寝するような旅館程度しか止まったことの無い身の上としては、無駄に広いスイートルームに通されるよりも、余程分相応な部屋だなと思える。
扉に鍵がかえて、他者の侵入を阻んで寝泊りできるだけでも十分有難い施設だ。テントなどよりも安心感が違う。
となると・・・地方都市の安いビジネスホテルの一泊が三千~四千円程度だとすると、銀貨一枚で一万二千~一万六千円程度の価値ってことか?
やべぇなプルピール金貨一枚で50万円くらいの価値があるのか、これはうかつに金貨を出さない方が良さそうだ。
現状は手持ちの銀貨が後29枚ある訳で、全部宿代にすれば三ヶ月は泊まれるわけか。食費も考えればもっと短くなるが、街の様子を見るには十分な時間になるだろう。
街を見て回って、良さそうなら定住を視野に入れよう。
それにはまずは何らかの仕事を見つけないとな。出来れば【木工職人】スキルを活かせる職業が良い。街の中で細々とやれるだけで十分だ。
しかし、何かしら仕事をしないと落ち着かないのは、社畜だったサガか。収入が全くなくても、プルピール金貨を使い切ることもなさそうなんだが、如何せんこの街の一般的な貨幣ではないのが問題だ。使い過ぎれば悪目立ちして、泥棒などに狙われるのも面白くない。
いや待てよ、この街と言うか、この国は本位制貨幣制度だよな。
つまり、金や銀といった貴金属の価値がそのまま貨幣の価値になる。本来ないはずのプルピール金貨を大量に流出させると言うことは、この国の経済に打撃を与えることになりかねない。
一枚の重さを10グラムと仮定して――測ればもっと重いかもしれないが――100P枚あると・・・。
1,000,000,000,000,000,000グラムだから・・・1,000,000,000,000トンか・・・1兆トンか・・・あれ?
地球で今までに採掘された全ての金の量って20万トンくらいだった気がするんだが・・・。
はい、分かりました。プルピール金貨も封印ですね。
「・・・これは金の重さで国が沈む」
ゲームの世界って、仮想で娯楽だから、ほんとファンタジーなんだな・・・。
2020/01/03 誤字修正