18 直感
「はあ・・・」
考えれば考えただけ溜息が零れる。
放置して良い問題・・・世間というか世界に良い影響がある事柄ではないことは理解している。
だが毎回それに首を突っ込み、茶々を入れていくことの無意味さも理解しているつもりだ。
それは運転下手な隣人が自動車を購入し、何時かそいつによって轢かれるという恐怖を抱くようなものだ。確かにその可能性はゼロではないが、自分以外の誰かを轢くことで自分だけは難を逃れる可能性もある。人身事故を起こさなくても、自損事故やらで他人が傷つく前に廃車になる可能性もある。その結果、自らの能力の無さを自覚してきっぱり諦めたり自重するようになるかもしれないし、国家権力による許可の取り消しになるかもしれない。
では轢かれる可能性があるからと、俺が意図してその車を破壊したり、隣人を運転できない体にしてしまったりすることが許されるかという問題だ。
せいぜい「下手糞は誰かを轢殺す前に免許を返納して乗るな」と伝えるか「ちゃんと練習して安心できるほど上達してくれ」と応援するかぐらいにしか干渉は許されないだろう。それすらできないような相手なら、被害が及ぶ前に引っ越すくらいしか選択肢がない。
「はあ・・・」
つまり、俺がしようと思っていることは、超が付くほどのお節介であり、自身の安全を至上とした傲慢でもある。
人類の為、正義の為というのは残虐性や傲慢さを覆い隠す奇麗事でしかない。
件の魔族も実は良い奴、俺にとっては都合の良い奴である可能性が無い訳でもない。
メパトが言ったように女淫魔を支配し人類の奴隷化などと嘯いてはいたが、それは自分が支配されないようにするために俺を焚き付ける方便だったという可能性がある。勇者ルヴィオが全滅したのも、魔族側の視点で見れば「自分の家に蛮族が武器を持って侵入してきたので返り討ちにした」程度の自己防衛的な判断による可能性もあり、こちらからちょっかいを懸けなければ人畜無害である可能性もゼロではない。
俺が奴隷化されなければ、俺の生活圏に影響がなければ正直どうであってもいい。
「気が乗らないな・・・」
だが、メパトやルヴィオが言う様に倒した方が良いのではと思う俺も確かに存在する。
運転下手の隣人から逃れるのは、比較的簡単だ。それは被害に及ぶ範囲というものが、だいたい想像できるからだ。運転が下手であると当人が自覚しているのであれば、自動車で遠出をするという行いはまずしないし、自覚していなければ自動車の方がそこ彼処をぶつけ過ぎて先に壊れる可能性が高い。隣町に引っ越したり、他県の新天地で新生活を始めたりという手段もある。それこそ海外で生活する能力があるなら海を渡ってしまうというのも手だ、地理的に“隣人の運転する自動車”では絶対に訪れることのできない地へ渡ることもできる。
だが件の魔族の能力が、どの程度にまで影響を及ぼすか、全く分からない。
神話に出てくるような、無条件で抵抗すらできずに全人類が頭を垂れるような現象を引き起こすことができるのかもしれない。距離も時間も無視して、相手を支配できるなら逃げる意味はない。
「でも、この世界テン・タレントに似すぎているんだよな・・・」
ステータス画面は“光の啓示板”として、アイテム・ストレージは“三本目の腕”が存在している訳だし、【職業】もあればスキルも存在する。
となれば“クエスト”も存在する可能性もある。
つまり、この男魔族の討伐がクエストである可能性が高く、拒否するという選択肢を選んだ場合、別のクエストの発動キーになるのではないかという懸念がある。まあ、これがゲームをやり過ぎた人間の被害妄想で済むのであれば何の問題もないのだが、そうなってしまう様な気がしてならないのだ。
テン・タレントというゲームはクエストを破棄したり失敗したりしても再挑戦することは可能だったが、そのままクエストのストーリーを進めてしまうと状況の悪化したクエストが発生することがあった。
そして現状、時間が巻き戻せないため、クエストを同じ条件でやり直すということはあり得ないため、即座に悪条件化したクエストが進行してしまう気がするのだ。
これが考えすぎ、思考バグであるなら良いのだが。
そしてこの思考に歯止めがかからないのは、法的抑制がない事であると考えている。
日本でなら、どんな理由であれ人を殺せば殺人罪に問われる。その過程が酌量の余地があったり悪質であったりの過量の増減は存在するが、罪そのものが無くなるわけではない。相手が殺人者であろうとも、殺してしまえば殺人罪に問われるのだ。だから“殺人を行いそう”という理由でその人を殺すことは許されていない。
だが、この世界では命や財産を脅かす野盗のような存在を返り討ちにしてしまっても罪には問われないため、少なくとも言えることはこの世界の人間社会において魔族を殺害することは、罪に問われないことになる。
だからこそ、やってしまった方が後腐れなくていいのではないかという、酷く独善的な思考を完全に塞ぎ込めないでいる。
「やってしまうか・・・やっぱり」
やらずに後悔するよりも、やって後悔する方が良いという考えもあるのは理解できるが、どのみち取り返しがつかないことには変わりがない。
魔族と人間の命、どっちの取り返しを取るかという話だ、見ず知らずの善良かもしれない魔族を討つか、女の体にされた勇者の生き残りを見殺しにするかの二者択一だ。
そう考えれば自ずと結論は零れ出る。
折角自分の理想とする体になったエーベ氏を見殺しにするのは、少々心苦しいのだ。
・・・・・・・・・
俺はその晩、夜の戸張が落ち、我が借家も女性陣が寝静まるまで待って外に出る。
今回の装備はストレージに眠らせていた物を幾つか引っ張り出した。魔法使いのフードをかぶり魔法の杖を握り込むと、借家から離れた場所を目指して移動し、少しでも人の目を避ける・・・つもりだった。
「遅かったわねレイちゃん。待ちくたびれたわよ?」
住民が少なく借家にしているような住宅地の近隣にある雑木林の中の、ちょっとした空き地に出るやそう声をかけられる。
そこには昼間の3人、勇者一行が待ち構えていた。
ちょっと待て、確かに隠れる場所は多いがどうやってあたりを付けた?
「どうやって? ここを?」
「そういう予感がしたのよ!」
「彼・・・いえ彼女・・・エーベ殿のこういう予感は外し方を知らないので、頼りにさせてもらっています」
「それで僕らも何度か命拾いをしていますしね・・・」
恐るべし漢女の直感。
確かにエーベ氏にはイルクークの街でも、何の前触れもなく市場に現れたことがあったよな。これってある意味でチート能力なんじゃないだろうか?
彼女らは昼間よりも少し膝当てや胸当てと言った、革製の防具を身に着けている部位が増えており、ズタ袋に急遽用意したのだろう旅の必需品である保存の効く食料が詰め込まれていた。
なるほど、俺が今晩こっそり出立すると読み、それに間に合うように用意してきたというのか。
「それでレイちゃん。今から行くのよね?」
「まあ一応そうなるかな」
俺がそう答えると、三人とも気合を入れ直すように荷物を担ぎ直した。
正直に言えば足手纏いになりかねない三人を連れて行くつもりはなかったのだが、連れて行かないと後が怖いような気がしてしまう。
一仕事終えて出迎えで「無念」とか言って腹を切られそうで嫌なんだよな。ここで見つかってしまった以上、三人をまくのは諦めるしか無さそうだ。
もうどうにでも成れ・・・。
「今晩中に事を終わらせる。生き恥を晒す覚悟の有る奴だけ付いて来い」
「え?」
そう言って手を差し延ばせば、三人とも、迷いなく手を差し延ばす手、生き恥に抵抗がある様な素振りを見せた手、そもそも死ぬつもりの為かおずおずと延ばされた手、躊躇いに数瞬の違いであったが三人とも手を差しのべ、俺の手に触れる。
「行くぞ! 『飛翔』!」
高速移動のための飛行魔法を唱えると、手を繋ぎあった4人の体はふわりと宙に浮いた。悲鳴じみた驚嘆の声が上がるが無視をする。
そしてローランの街並みが一望できるまでの高度へ上昇すると、一気に加速して魔族の住家へ向かい空を翔ける。
「あら素敵! 魔物討伐出なければもっと良かったわ!」
ブレないのは良いんですが、少し黙っててもらえませんかね?




