11 危険人物
辺り一面を見渡せば、とても人間同士の戦闘痕には見えない惨状に成り果てていた。
「俺は爆撃機か何かか・・・?」
木々はなぎ倒され、辺り一帯の草原は新しく畑でも耕すつもりなのか、満遍なく掘り返され、吹き飛ばされていた。
効力の元になるステータスを10倍にして貰い【俊足】スキルを使った事で、音速を超えたか?
それで衝撃波が発生して、何もかも吹き飛ばしたっていうのなら納得できる。いや、それぐらいしか納得する要因が無いと言った方が正しいのか?
踏み出した場所と、踏み込んだ場所の二点は、噴火したように土が吹き上がり小さなクレーターを形成していた。
因みに衝撃波で吹き飛ばされた、他の野盗たちは気を失い倒れていたので、適当に転がしてある。拘束すらする気にはなれなかったが、耳から血を流していたし、意識が回復してもまともに動けないだろうからどうでもいい。
そして人道的救助も、先に人道を殺したのはあいつらだし、助け起こした所を刺されてはたまらない。
例え意識を取り戻し、再び襲い掛かって来るなら、その時に対処すればいい。
もう連中は“通りすがりの人間”ではなく“俺の生活を脅かす害人”となった。蚊やハエなどと同じ扱いで対処してやる。
そしてもう一つ、【パワーナックル】で殴り飛ばした野盗の兄貴分がどうなったかと言うと、ミンチと言う言葉が、肉片が残るだけましと思えてしまう程度には、酷い有様だった。
動物の皮を使った服の一部くらいしか、形状を留めないくらいにぐちゃぐちゃに潰れ、血のシミになっていた。幾らレベル差があるとはいえ、ここまで原型を留めないほど破壊されるとは思わなかった。
『テン・タレント』ではゲームの仕様として簡素化されていた要素が、現実世界で表現するとこうなると言うことなのだろうか?
ゲームではモンスターにどんなオーバーキルするダメージを与えても、ギリギリHPを削り切るダメージの与え方しても、死骸は残る。ゲームとしてモンスターを討伐した報酬の一部であるため、素材の剥ぎ取りが出来る状態で必ず残るようになっていた。
それにどんな大技を繰り出しても、地形が壊れるなんてことは無かった。基本的にフィールドや耐久値の設定の無いアイテムなどは、破壊不可能であった。スキルによっては効果を派手に見せるため、演出として表現されている部分は有ったが、エフェクトが終われば元通りだったしな。
それがこの有様。嵐より酷いかもしれない。
「・・・10倍でも強過ぎたかもしれないなぁ」
これでは常に、辺りへの影響を気にして力加減をしなければならない。
「・・・ん・・・?」
「お、気が付いたか?」
少女が意識を取り戻したようだ。野盗に刺された重傷も、俺が弾き飛ばしてしまった致命傷も、奇麗さっぱり治っている。伊達にエリクサーを二本消費しただけはある。問題は肉体が復活しても、衣服まで再生は不可能だと言うことだ。
千々に千切れた服の替わりに、裁縫スキルを鍛えるために大量生産した、マントで取り敢えず肌を露出しないようにくるんである。地味な町人用の服も用意してあるので、取り敢えず替わりに着て貰えると助かる。
「・・・流石に死んだと思ったんだけど?」
「ああ、ごめん。取り敢えず回復薬を使ったから、身体の方は大丈夫だと思うが、まだ不調なら言ってくれ、追加を出す」
「・・・あんた、馬鹿じゃないの?」
なんかこの娘さん。妙に不機嫌なんだが?
自分が裸な事を察して、覆い隠していたマントを手繰り寄せる。確かに結果的に全裸に剥いてしまったので俺の責任だが、決して如何わしい目的ではないと言うことだけは信じて貰いたい。
「あの傷を奇麗さっぱり治す回復薬って、私じゃ一生かかっても代金払えないくらい高価じゃない。私にそんな価値ないわよ? それともあんたも連中と同じで身体が目的・・・って、あの連中は?」
そう言って不安げにきょろきょろと見まわすと、自分が寝かされている場所が別世界のように変貌している事に、引き攣った笑みを顔に張り付ける。少し離れた場所に、そのまま転がされている野盗共を認めて、深い溜息を吐いた。
「こんなに事が出来るなら、最初から力を振るいなさいよ」
「・・・ビビってたから無理だ」
「は? これだけの事しでかせるくらい強いのに!?」
「何と言うか・・・体はそれなりに鍛えていたけど、今までろくすっぽ喧嘩したこと無かったからな。痛いのは嫌だし、力の加減も分からないしで、どうにか穏便に済ませたかったんだよ・・・結局駄目だったけど」
「ふーん。で、これからどうするつもりなの? 先に言っとくけど女郎に私を売りつけても回復薬代は回収できないし、一生あんたのお世話しろっていうなら、仕方ないけどやるわ。やりたくないけどね、借りたお金は反せないから・・・仕方ないから。・・・あと連中みたいに慰み者にしたいっていうなら、回復薬を更に無駄にしてあげる」
なるほど。少女との会話で、少しだけ貨幣価値と言うか、経済に関する情報が得られた。
もともと娼館――要は性風俗店――が有ることを言っていたが、そこに借金の形として売られる娘がいると言う、文明レベルと治安レベルと言う事。
少女の価値よりも回復薬の方が高価である事。二本使ったことや、回復薬の中でも最高位の品質を持つエリクサーを使ったとは言っていないので、恐らくだがもう少しグレードの低い物を対象に考えているだろう。エリクサーは希少性が高く一般人ではまず入手が出来ないというのが、もともとアイテムの解説に記載されている情報だ。
テン・タレントでも貴族のおっさんが欲しがって材料集めをすると言うクエストが有ったのだし、この世界でも目に留まれば権力者が買いあさっている可能性があるよな。
そんな自身の命よりも高価な薬を使って助けられた恩が有るので、一生仕えると言うのが妥当な返済方法である事。
そして好きでもない男に性交渉を望まれるのであれば、自害も辞さない性格である事。もしかしたらこれがこの辺りの女性の貞操観念なだけかもしれないが。
「回復薬については気負わないでくれ、君の言う通りもう少し踏ん切りが早く着けば負わなくていい怪我だったんだから」
「・・・そう? そう言って貰えると助かるわ。借金まみれじゃお先真っ暗だもの」
そうだよな。だから俺も冷凍睡眠に賭けると言う選択を取らなかったんだから。
「この布・・・外套? と服も貰っていいの?」
「ああ、君の服を駄目にしてしまった一因は俺にもあるから、その弁償をさせてくれ」
服と自身の裸体を交互に見て、下着が無い事に気が付いたのか不満げな表情を浮かべる。
流石に女物の下着は持ってないぞ。
「代わりにと言っては何だが、君の住む街まで案内してくれないか?」
「あんた・・・正気?」
その返答は、破格の申し出にこちらの思惑を探っている・・・と言う雰囲気ではなかった。
「悪いけど、住む場所を更地にされても困るわ。あんたを案内すればその責任は私が負わなきゃならない。でも、とてもじゃないけど、こんな事を平然とやってのける人を、案内できるわけないでしょ?」
恐怖の色が強いと言うのは、表情から窺い知れた。
村か町か街か知らないが、それを更地にできる爆弾を見つけたようなものだ。それが自分の預かりの知らぬところで、紛れ込んで爆発しても、自分はただの被害者で済む。だが、自分が招き入れる側の立場には成れば、同じ被害を被っても加害者になってしまうため、全く持って割に合わないと言うことか。
――そういや、専務がやらかしたよな・・・そう言う事。
専務がライバル会社から引き抜いた優秀な人材だと謳った人物が、実は優秀なスパイだったと言う落ちだ。会社は少なくない機密を盗み出され、それなりの被害額を計上し、専務の率いていた部署は責任を取って閉鎖されることになった。専務本人は懲戒解雇の上、会社から賠償金を請求され借金まみれになった。
そのお陰で俺の居た部署も随分と掻きまわされたっけ。
「・・・傍から見れば危険人物か・・・俺は」
「悪く思わないでよ・・・」
つまりそうなりたくはないと言うことで、ここで俺に逆上され殺されるかもしれないが、住処を更地にされれば元住民となってしまった連中の恨みを買い良くて村八分、悪ければなぶり殺しと言った所か。どうせ死に向かう運命なら、要らん恨みは買いたくないし、家族がいるならそちらに咎が及ぶ可能性もある。
「そう言う訳で悪いけど一人で頑張って。それから出来るだけ速やかにここから離れて」
確かにこんな地形が変わった場所に平然と突っ立っていれば、他者に見つかった場合に何かしらの嫌疑をかけられる可能性があるか。
魔法なり魔道具なりの実験の失敗や、こういうことが可能なモンスターが現れたと勘違いされれば、必然的に騒ぎは大きくなる。
しかし、そうなるとこの少女は凄いな。
自分の命を危険にさらしても他者を思いやれているし、尊厳や名誉のためなら進んで死を選べる。
・・・高潔とは、こういう事を言うんだろうな。
やらかした俺すら、ある意味で護ろうとしている訳だからな。
「それともあんたが見ている前で服着ろっていうの?」
「・・・ちょっと、俺の感心返してくれない?」
単純に羞恥から、男に退いて欲しいだけかよ。まあ仕方ないことだけどさ。