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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第五章 仮宿と勇者
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09 借家にて

 借家の間取りはなかなかに広い好物件だった。

 分かりやすくアパート情報的に言えば4LDKの物件である。

 ホールがあって寝室が4室あり、居間と食堂、炊事場が小規模ながらしっかりと備え付けられており、更に物置と馬小屋のある物件で、これを一月銀貨20枚で借りられるのは、結構なお得な物件だと思う。

 銀貨一枚で宿屋に4日泊まれたことと比較すれば、随分と割安になり5人で宿に泊まり続ける宿泊費を半分くらいにまで圧縮できたことになる。

 さらに馬車の駐車代を含めればもっと安く感じられた好物件だった。

 借家の寝室は、俺とキュユとエナ修道士が一部屋づつ、ノイルさんとルセで一部屋という割り振りだ。因みに俺は、費用を出しているためか女性陣から追いやられるように、一番広い寝室を宛がわれたのだが、殆ど物置で寝泊まりしていた。


 空いた時間に物置で、物を作るという作業が楽しくて仕方なかったのだ。

 生産系【職業】で作れる生活用品というものは意外と多く、また転用も効くため何が自分に作れるかという限界に挑戦していたりしていた。

 これに気付いたのも、ノイルさんとルセの服を作っていた時だ。

 例えば冒険者の服を作るレシピがあり、実際に服を作る場合ゲーム時代であれば指定された材料を集めて『作成』のボタンを押せば作り出され、色や形、強度なんかもゲームで用意されたものだけだ。だがこの世界では、日本で生活していた時の様に材料と道具を揃えて、手や魔力を使って作成し、レシピというのは脳内にある明確な設計図のようなものだ。そのために縫い目を少し変えたり、代用品の布を使ったり、丈を調整したり、デザインそのものをアレンジしたりということが可能だった。つまりスキルを使用して作成されたものでも、用意された材料と、作成者の気分で結果が左右されるのだ。

 俺はこれが非常に大きな発見だと思えた。


 借家暮らしを始めて、まずは清潔な環境で生活したいということで、各種掃除道具に始まり、各種の石鹸や洗剤の製造。理容品としてはヘア・トリートメントやら、保水クリームやら、育毛トニックまでゲーム時代のレシピがあったため、これを基にローランで手に入る代用品を用いても作ることができたのが、本当にゲームとは違うのだなと思えた。

 生産できた物品は、かなり品質は落ちてしまったが十分実用に耐えうる物ができたので、おおよそ満足のできる結果だ。


 そもそもなぜこんなものを作ることになったかというと、まずは皆の髪を梳くために櫛を作ったのだが、洗髪後では櫛の歯に髪が絡んでしまったのだ。市販されていたのは石鹸だけで、そのアルカリ性が強すぎて髪の表面が傷んだことで発生してしまった。それを中和するためにリンスが開発されたそうなのだが、店で売っていなかったのでこの世界では必要ない物だと勝手に決め込んでいた。

 キュユたちの髪の表面が艶を失ってごわついてしまい、折角奇麗に汚れを落としても整えられなければ片手落ちだと、俺の中の完璧主義者が咆哮を上げたせいだ。


 そして他には、馬車の改造である。

 これは全く自重するつもりがなかったので、どこまでも限界を求めて改造している。

 まず手を付けたのは車輪だ。走行を滑らかにするために馬車の全体的な軽量化を行った。木製の車輪と同じ形のアルミ合金製のキャストホイールを作成し、ゴム製タイヤを履かせながらも、他者の注目を浴びない様に木目調の塗装で偽装したものだ。一見して一般的な木製の車輪の外周にゴムを張ったようにしか見えない拘りの逸品である。

 緊急用に手動の制動装置と、駐車時に車輪をロックする機構も搭載してみた。

 車軸も軽量で頑丈な金属製に換装し、その軸受けのベアリングなどを外からは見えないように組み込んであり、見た目に反して驚くほど滑らかな回転が可能になった。振動を軽減するためのスプリングとダンパーも追加してあり、軽トラの荷台程度の振動で走行が可能になった。車台も金属製置き換え、強度のあまり要らない外装部分は軽量化のため樹脂製に交換した。

 結果として馬車の見てくれこそ殆ど変わらないものの、構成素材は全く別物に置き換わっている。重量で言えば半分程度にまで軽減できたので、メローとアビーへの負担も軽減できるだろう。

 御者台にもクッション性の高い座面を導入し、更には御者台そのものを小型のダンパーで保持する方式で座り心地を改善してみた。本当ならバケットシートを取り付けたかったのだが、見た目があまりにも異様になり異彩を燦然と輝かすことになるので泣く泣く却下した。

 荷台に関しては、積み荷を安定させて固定する必要もある事から、座布団やクッションを導入する方式に留めてある。


 馬車の強度はざっと5倍程に跳ね上がったことで、乗員の快適性と安全性の確保ができたと思う。


 科学的な技術でできる強化範囲はここまで、次には魔法的な技術による強化だ。

 外観を変えないという縛りを設けていたので、例えば四角い棒状の木製部品を金属に置き換えた場合、強度と重量の都合を考えると中空の四角パイプになり、中空部分に魔法陣や、魔法的な効果を発揮するシステム、効果の限定的な魔道具を仕込むことが容易かった。

 車輪には万が一に備えて自立稼働するための回転機能や、幌や車体全体には魔法攻撃に対する対抗手段、他にも車体内蔵火器などやりたい放題やってやった。

 幌にも内側に限界まで魔法陣を書き込み、生活面では照明・空調システムや冷蔵庫を装備し、防御面では攻城兵器の直撃にも耐えうる防御性能を付加することに成功する。そして荷台には、魔法の隠し部屋への出入り口を設け、その中に俺の錬金術などを行使するための専用工房を作成したのだ。


「くくくくくっ、最高だ! 最高傑作の誕生である!」


 ウヮーハハハハハッ、イーヒッヒッヒッヒッ! とマッドサイエンティスト笑いをして悦に入っていたら、女性陣に奇異の目で見られたことは言うまでもない。


 それは置いておいて、この馬車の強化で一番重要なことは、荷台の戸板に偽装した異空間への入り口であり、その先にある錬金術の工房である。この中には基本的に俺以外の人間は入れないし、中で大量の魔力を消費しても全く問題ないという点だ。ドンボなどの魔物に襲われずに、ガラス皿などの大量生産が可能である。

 まあ、生産物を売り切る伝手がないので、無暗に作っても換金できないのだが、自分たちにとって必要になる分の製造に外界へ影響を漏らすことがなく、好き勝手に作れる環境が整ったことで十分満足している。


 とまあ、こんな感じで、日々の運動や訓練以外の時間を物造りに費やし、この世界に来て最も充実した生活を送っていた。



「私まで個室を頂いてしまってよろしいのですか?」

「そのつもりで部屋数の有る家を借りたんですから、気にせずに使って下さい」


 エナ修道士も、トンタスロ教会での奉仕活動が一段落したため借家の方に顔を出してくれたので、彼女用に割り当てた部屋に案内するなり思いっきり恐縮されてしまった。

 まあ冷静に考えれば、エナ修道士との関連性が一番薄いので部屋を用意する常識的な義理が無かったのかもしれない。


「屋根があるのであればそれで十分なのですよ。主人の部屋の床で構いませんのに・・・。ああそうですね、お礼と言っては何ですが、もしも手足が冷えて眠り難いのであれば温める方法を、僭越ながら私がお教えしますよ?」

「おうおう。相変わらず、距離感の掴めない人ね。修道士なんだから少しは煩悩捨ててきたら?」

「何かおかしなことを仰る方がみえますね? それに煩悩は捨てるのではなく御する物です」

「御しきれない駄々洩れの言動を吐いてるじゃない!」


 エナ修道士の言動に即座にキュユが噛みつく光景が、馴染み深い物になっていたようで思わずホッと日常が戻ってきたような安心感を得る。

 だがまあ、残念ながら俺は・・・というかレイニーゴの体は冷え性とは無縁なようで、エナ修道士の折角の申し出も全く必要ではなかった。いや、もしかしたらノイルさんは冷え性かもしれないし、ルセが今後そうなる可能性もあるから、選択肢を広げる意味合いで教えてもらっておくのも意味が無い訳ではないか。


「なるほど、冷え対策は重要だよな」

「ッ!?」

「はい。そうですよ」

「じゃあエナ修道士には今度教えてもらおうかな。その代わりと言っては何だが、俺が知っている対策も一つ教えるので、情報の交換ということでいいかな?」


 あれ、二人の顔が一旦停止したアニメの誇張表現をした顔の様に固まったと思ったら、それぞれ歓喜と憤怒のような顔に変わっていく。

 俺何か変なこと言ったか?

 まあいいや。

 とりあえず俺は腰のポーチの中から、乾燥した赤い三日月状の実を取り出した。

 日本人なら馴染みのある唐辛子によく似た植物の実で、成分も非常に近似していた。


「港近くの市場で見つけたんだ。南国から輸入される香辛料で・・・」

「トガの実ですね。はい・・・存じております」


 落胆した表情のエナ修道士の肯定に、俺はドヤ顔をしそびれ肩透かしを食らい、その光景が面白かったのか、妙にご機嫌になったキュユが指さして馬鹿笑いしてくれた。

 ぐぬぬ。


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