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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
序章 終わる命と、新しい人生
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10 10倍

 何故、記憶の消去を望むのか?

 そんなの、決まっている。俺はもう一度人生を歩む気はない。

 40年間情熱もなく人生を歩み、羨望と諦観、苦難を積み重ね希望は擦り切れてしまっている。果てに 体を壊し、その後の人生を諦め、死を受け入れた。要するにだ、緩やかに絶望しきっていたのだ。

 未来への展望とか、将来への希望とか、そんな物は三十代に擦りきれ絶望にとって代わっている。

 仕事をし続けたのも、そうしないと生活できなかっただけだ。

 生活が出来なければ死んでしまう、ただ死への本能的恐怖から逃れていたに過ぎない。もしも宝くじでも当ろうものなら、音速で仕事を止め、自堕落な生活をしていただろう。生活できるのであれば、向上心も、労働意欲もないのだ。

 そんな人間に「今の無しね、やっぱり最初からやり直し」と言って切り替えが出来る訳はない。中年の、大学生すら「ガキ臭い」と思える精神構造の人間が、幼児にされ、本物の幼児と同レベルの訓練を施されるのは、悪夢でしかない。

 

『転生』などと言われ、人生をやり直すことが出来るのは、強い未練や後悔が、その胸中にひしめいている人間だけだ。擦りきれてしまった希望が、欲望が湧き上がる訳がない。

 ただ楽になりたいと思っていた俺には、関係ない感情だ。

 死までの遺された時間、余生の暇つぶしにゲームに没頭していただけで、ゲームの世界へ行きたかった訳じゃない。


「記憶の消去? 何故そんな事をする必要があるのです? そんな事をすれば、それはもう彼方ではない。彼方が転生をしてもう一度人生を歩まなければ意味が無いのですよ?」


 なるほど。この“神の使い”の言葉で確信した。

 俺は地獄にも天国にも行き先が無いと言った。

 なるほど、その通り、俺の行き先は煉獄だ。

 もう一度人生を全うすると言う苦行を課せられるのか。

 拒否権は無く、ここで駄々をこね続けても意味がないわけか。これ以上まごついて“神の使い”の機嫌を損ね、地獄に叩き落とされるのも勘弁だし、自分の望んでいない状態で転生を強行されるのも遠慮願いたい。


「その人生で、人間として、種として、責務を全うしなさい。そして、その責務を全うするための助力となるのなら、何か望みの力を一つ授けましょう」


 行き先が煉獄であると分かれば、破格の待遇なのではないだろうか。裸一貫無一文で叩き落とされて当然の場所に、十分な強さを持った冒険者として転生するのだ。

 いや違うか、所謂チート能力の一つでもなければ、責務を全うできないと侮られているだけだ。

 それなりの危険が伴う世界と言うことになり、そこで安全安心に生活するにはどうすればいいか?

 貰える力と言うものは、それを達成するのに必要な能力を持っていなければならない。

 億万長者は駄目だ。その財産を護る為の力がいる。

 不老不死は論外。殺されるのは御免だが、死ねないと言うのも御免だ。

 社畜で歯車人間だった俺が、大国の王なんて務まる訳がないし、絶世の美男子とか寒気がする。枯れた男としての自我のままで女の身体に入れられよう物なら、それはコメディにしかならない。

 変に目立ちたくはないし、尖った能力は使い所が難しくなる。

 スキルコピーなんて持っていても、周りの人間が誰一人有用なスキルを持っていなければ、宝の持ち腐れになる。


 転生先の世界は『テン・タレント』がきっちり模倣していると言う。つまり『テン・タレント』に登場するモンスターは存在し、それを倒せるだけの力が有れば、少なくとも直接命を脅かす外敵を蹴散らすことは可能だろう。


 そこで俺、つまり『David025』は十分な力を持っているのだろうか?


 並のプレイヤーを、十把一絡げの住人と同レベルとするなら、俺の実力はかなり高レベルになる。一対一の戦闘なら、そう簡単には負けないだろう。

 だが本当のトッププレイヤーと比べれば、半分程度の強さになってしまうレベルでしかない。そしてそのトッププレイヤーたちがパーティーを組んで討伐するようなボスモンスターは、俺の5~6倍ほどの強さになるだろう。

 安全マージンを考えれば10倍と言った所か。

 そのレベルであれば、どんな外敵と遭遇しても安全に撃退し、身の安全を確保できる。


「・・・望みが決まったようですね?」


 調子に乗って百倍、千倍と言った数値を望まないのは、そこまでは必要ないと判断した。強過ぎれば悪目立ちすること請け合いな訳で、それはこちらの望みでもない。かと言って魔王が存在する以上――魔王を軽く討伐する聖剣が下賜されるのであれば、討伐される魔王も存在しなければ矛盾してしまう――ある程度の強さが無ければ、殺されるだけだ。


「ああ『David025』の10倍の強さにしてくれればいい。そのレベルの強さが有れば責務とやらも果たせるだろう」

「分かりました。彼方に神の祝福を、幸多い未来が有らん事を・・・」


 そして“神の使い”との対話が終わり、新たな世界に俺は生み落された。

 最後に耳が少しだけ不穏な声を拾ったような気がしたが・・・、記憶が霞がかり思い出せなくなっていた。





 俺は今更のようにここが日本じゃないと言うことを思い出した。

 此処は当然、現実の日本ではない。日本人が跋扈する仮想空間内でもない。ゲームクリエイターが模倣した、殺伐とした異世界だ。

 何を、どこで勘違いをした?

 日本語以外喋れない俺の言葉が通じたことで、どこかでここが日本だと決めつけていた?


――これじゃあ平和ボケして海外旅行で犯罪に巻き込まれる連中を笑えない。


 少女の悲鳴が耳朶を打つ。

 腹を穿たれた激痛に、のたうつ様が痛々しい。


――良かったまだ死んでいない。まだ助けられるはずだ!


 ここで町娘の少女を助けることは、生きることの責務を全うできる一因になり得るのだろうか?


――いいや、そんな面倒な事はどうでもいい。俺はこの短絡的な馬鹿どもにムカついている! それだけで力を振るう理由は十分なはずだ!


 ここは日本ではない。法の拘束力も強制力もない。日本と違い、多少のやり過ぎ・・・例え野盗共を殺してしまっても過剰防衛にならず、正当防衛の範囲内のはず。


――少しは、やってしまってから後悔することにしようか!


 穏便な生活、多少の泣き寝入りは受け入れてでも送ろうと思った生活は、泣き寝入りできる程度の対価では手に入らないものだと、思い知らされた。


――ふざけやがって、人の命と尊厳を何だと思っていやがる!?


 何より少女を死なせてしまうことが、種としての責務に一番反していると思えてしまった。

 もう、やけくそである。

 野盗の虚をつくため、【打闘家ストライカー】のスキル【俊足】で間合いを一気に詰め、攻撃スキル【パワーナックル】で吹き飛ばす。

 【パワーナックル】は通常攻撃に20%ダメージ補正が着き、僅かに吹き飛ばし効果もある【打闘家ストライカー】初期のメイン火力となるスキルだ。一撃で倒せなくとも、少女から少しだけ引き剥がせる効果を期待できる。

 その後は、野盗に止めを刺すよりも、少女の回復を優先する。

 幸いにも俺がエリクサー症候群のせいか、使いきれないほどの回復薬は持っている。死んでいなければ、治せる傷のはずだ。

 作戦と呼ぶにも拙い行動手順を考え、即座に【俊足】で間合いを詰める。

 大気が水のような粘りを持って、身体に絡みついてくる。

 世界はスローモーションでゆっくりと動き、思考が加速しているのか、スキルによって高速移動している体の速度を上回る速度で思考が巡る。

 一瞬、感じた殺気に背後に視線を送れば、今まで俺の頭の有った位置を目掛け買収したはずの野盗が剣を振り下ろしている姿が確認できた。

 確かに、不意を打つには最高のタイミングだ。

 強姦に留めず、殺人にまで及ぶ相手だ。恐喝で留めるだけよりも、殺して身包み剥いだ方が効率的だと判断しても可笑しくはない。

 蹴り飛ばした地面が剥がれ、舞い上がって行くのが見える。

 そして、野盗の兄貴分。少女に覆い被さり、彼女の腹を刺した男の傍らで、【パワーナックル】を発動させようと踏み込む。


 が・・・まるで地面が消失したかのように、俺の足を飲み込んでいった。


――なに!?


 罠の一文字が脳裏に過るが、それは野盗共を買い被り過ぎになるだろう。

 夢の中で階段を踏み外した時のような、不快感が伝わり、徐々に踏み込んだ右足の動きが阻害される。 抵抗が生まれ、徐々に体重を支え、勢いが吸収されていく。

 膝までが地面に埋まってしまったが、そこから無理矢理【パワーナックル】に繋げる。しっかりと踏み込めず、身体を安定させられない無理な体勢のために、威力はかなり減衰されるだろうが構うものか。

 腰を捻り、強引に【パワーナックル】を発動させる。

 ドンと拳に衝撃・・・いや、僅かな・・・大気を押しのけて振るわれた拳が、僅かに抵抗を感じた程度の感触で・・・野党の身体が吹き飛んで行った。

 予想以上の高火力に、ふと“神の使い”に10倍の強さにしてくれと望んだことを思い出す。

 打ち出した拳を戻す動作と共に、地面にめり込んだ足を強引に引き抜く。


 大気が破れるような、落雷のような轟音が、辺りを薙ぎ払って行った。


 野盗共は全員吹飛び、少女も巻き添えだ。

 木の葉のように舞い、散って行く。

 何が起こったか今一理解が及ばない頭のまま、俺は吹き飛んでしまった少女を抱き起した。


 ・・・重傷だった。


 いや致命傷だった。明らかに腹を刺されただけよりも、全身に満遍なく深手を負い、辛うじて死んでいないと言うギリギリのところで堪えていてくれた。

 俺はこの一連の動作で何が起きたかを状況整理する前に、死蔵していたHPを全回復させる回復アイテムであるエリクサーを二本取りだし、一本は娘の身体にふりかけ、もう一本は口から強引に流し込んでいく。


 エリクサーに因る回復が始まり、少女の身体が薄緑色に発光した。


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