訪問者③
大人しく受付のローテーブルに腰かけた二人に一先ず安堵したのか、天童はほうと一息吐くと「お茶持ってきますね」と言ってこの場を離れた。
興味深くこちらを見つめるカノエ少年と、不機嫌な顔を隠そうともしない丁を見比べる。
その居心地の悪さにまたため息を吐きそうになるのをぐっとこらえて、天海は自分も向かい合う席に腰かけた。
待ってましたと言わんばかりに丁が切り出す。
「それで、どういう了見で俺の異世界転生が阻まれているのか聞こうじゃないか!」
「お願いします」
野犬のように敵意むき出して噛みついてこられるのも、真面目にしつけを守る飼い犬を撫でまわすのも、生憎勘弁したいところだ。
今日は厄日か、と天海は心の中で悪態をついた。
彼はすぐ後方のスライド式の書類棚に手を伸ばすと、座ったまま慣れた手つきでそこからA4サイズの冊子を手に取った。
ここに来る訪問者には必ず見せ説明するので日常茶飯事の動作と言ってもいいのだ。
それを一部ずつ二人に手渡すと、天海はまたもや慣れたもの言わんとばかりに、テーブルの下からホワイトボードと水性インクを取り出し、訪問者に手順を踏んで説明を始めた。
「ここに、貴方がいた世界があります」
ボードの左側に大きめの円を描き、至極丁寧に、嫌みなほどゆっくり話す。
「あ~僕はどうして死んでしまったのだろう~悲しいよ~」
突然の泣きまねにぎょっとする二人。
丁は眉間に皺を深めあんぐりと口を開けたままでいるし、ヒノエは可笑しくて今にも笑ってしまいそうだと全身を震わせていた。
「それは、小学生低学年向けの言い方ですよ~天海さん」
花がほころぶ様に可愛らしく「ふふっ」と笑いながらやってきた天童は、そのまま固まる三人にお茶を配り終わると、楽しそうに自分のデスクに戻っていった。
本来なら君が受付して説明する役割でしょう。
あきれるような視線を天童に向けつつ、天海は今度こそ大きなため息でその場の空気をリセットさせた。
「貴方は元の世界で死んでしまいました」
何事もなかったように説明を続けようとする天海に、丁は「おい、なんださっきの!」と声を上げた。
カノエはとうとう我慢の限界か、あは!と大きな声を出して笑ってしまった。
そんな二人を一瞥したのち、面倒くさそうに天海は弁解した。
「説明が久しぶりなので、要領を忘れていました。先ほどのはなかったことに。説明続けても?」
「天海さん、楽しい人だったんですねー」
カノエが殊更面白そうに言うものだから、丁は毒気を抜かれたように天井を仰ぐと、先の説明を催促した。
「もういいから、早く説明してくれよ」
「はい。では、貴方は前の世界で死んでしまいました。とても悲しいことです。それでも、魂の消滅には至っていません。新しい命を新しい生活を手にすることができます。それが、雲類鷲さんの場合、元の世界一択ということです」
「それは、僕が一択ではない理由もあるということですか?」
説明になってない! と今にも怒り出しそうになる丁をしり目に、カノエ少年はお利口に挙手をして質問した。
天海は頷くと、ホワイトボードに書き込みを続け、丁寧に転生の仕組みを説明した。
魂には所属先の〝世界〟が存在する。
〝世界〟には魂の容量が決まっており、そこで輪廻転生を繰り返すのが理想であるが故に、外の〝世界〟の魂が入り込まないように管理するのが、転生各課の仕事である。
その中でも、複数の所属先をもつ魂がいる。該当者のみ、所属先に限るが異世界転生が可能である。ただし異世界転生すると、その〝世界〟に魂の所属が固定されるため、以降は別の〝世界〟へ行くことはできず、自動的に輪廻転生の流れに入ることになる。
〝世界〟は人の想像の数だけ存在する。
ざっと説明された二人は、そろって首を捻った。
思っていたより複雑な仕組みを話されて唖然としているようだった。
「なにか質問は?」
「つまり、俺が異世界に行こうとするとどうなるわけ?」
「不可能ではないので。現に、無断で異世界転生をしている人間も多くいます。けれど、先ほども申し上げた通り、魂の容量は決まっているので、貴方が転生したら、その世界で全く関係のない人の魂が消滅します」
「消滅……」
「はい。完全なる魂の死です」
丁は手元の冊子を呆然自失といった様子で見つめる。
「でも、なんていうか、僕は自動的にここに来ました。丁さんもです。どうすれば無断で異世界に行けるんです? それこそ不可能じゃ?」
カノエは特段動揺することなく冷静に手を挙げ、まっすぐな視線を天海に向けた。
天海は無表情のまま、けれど少しだけ困ったような声色で首を横に振った。
「ここは役所なので、届出がないと把握できません。把握できない魂はここには来ないです」
「僕は届出してますか?」
「はい。お母さまが」
説明の補足と、次は異世界転生まで行けると思います。