訪問者②
〝ケモ耳美少女ハーレム〟を連呼する、おそらく20代前半に見える青年は、おもちゃを欲しがる幼稚園児よろしくじたばたと地団太を踏んだ。
「転生って言ったら異世界でしょ? 異世界といったらハーレムじゃん!!」
よくわからない理論を展開する青年が気になるのか、自分の名前を書いていた少年は不安げに瞳を揺らした。
大きな声にびっくりしているのだろう。
天海は少年の書いた紙の氏名欄を覗き、彼が〝大和カノエ〟という名前だと認識する。そして極力優しく声をかけた。
「カノエくん、少し席を外すけど、書けることろまで書いていてくださいね」
カノエは目をまん丸くしたまま頷くと、神経は未だ喚き散らす青年に向けたままだが、形だけ目の前の書類に向き直った。
「どうしたんです?」
「あ、天海さん」
おろおろと青年を宥めていた後輩の輪廻転生課職員・天童リンネは、声をかけてきた天海に今にも抱き着かんとするほど縋りついた。
「この方が全然話を聞いてくれないんですぅ」
甘えるような声音に数秒固まったが、天海は咳払い一つに、青年の様子を伺った。
近くで見ると予想していたより少し若く見える。染めている明るめの茶髪は根元付近が黒くなってきているようだが、きちんと短く整い切られている。
アイロンがかけられたシャツに仕立ての良いジャケットを羽織っているように見える。紺色のスラックスは細身で、身長の高い青年の服装は様になっているように思えた。しかし、そんな服装と今の言動が天海からすればちぐはぐにも思えたが、それは偏見というやつだ、と押し黙ることにした。
無言でこちらを見つめてくる男に興を削がれた青年は、威圧的でもなくただそこに佇んでいる彼をようやく睨みつける。
「あんたが俺のハーレム転生に物申してるわけ?」
「は?」
思わず漏れ出た声が低く響いたことに、天海も天童も苦笑した。
天海は、落ち着き始めた天童が今にも潰してしまいそうなほど力強く握りしめていた紙を見つけ、手を出す。
天童は、あっと言うや否や、慌ててしわくちゃになったそれを彼に差し出すと、申し訳なさそうに頭を下げた。
皺はできているがどこも切れている様子もないので、天海は受け取った紙をさらっと読むと、青年に視線を向ける。
「雲類鷲丁、さんでよろしいですね」
「そっすけど。その紙に俺のこと書いてるんでしょ? そこに転生先あるなら、それ変えられない?」
転生を余儀なくされる、つまり、前の人生に終止符を打たれた人間の魂は、ある条件に該当した物のみ、この転生各課に自動的に姿を現すことになっているのだ。
その時に、誰がこさえたのか所謂前世の資料が作成され、人と同時に現れることになっている。
その資料が未だに紙ベースなのは、さすがお役所といったところだろうか。
「そうですね、貴方は前世と同じ世界線に輪廻転生するはずですが、なにかご不満が?」
「ご不満だって? ああ! おおいにね!! 同じ世界? 絶対にいやだね」
吐き捨てるようにそう言った彼は、先ほどまで居丈高にしていたのが嘘のように目に見えて動揺していた。
天海は彼の人生の一部始終が書かれた紙に目を落とす。彼の心中を察することはできるが、それを理解するにはこの場では無理があると嘆息する。
「あの、どうして異世界ではダメなんですか?」
横からの幼い声に拍子抜けしたのは丁で、面食らったように突如現れた少年を目で追う。
異世界転生課からそろりとやってきた少年は、天海の目の前に来ると「書類書き終わりました」とついでのように言った。
カノエには、天海と丁の話が耳を欹てる必要もないほどハッキリと聞こえていた。
天海はすんなり自分の異世界への転生を承認し手続きを進めているのに、駄々をこねているお兄さんにはそれをしないことを疑問に思ったのだ。
少年の言葉を自分への援護射撃と捉えた丁は、そうだそうだ説明しろ! とプラカードでも持ちながら行進するように拳を突き上げる。
そして、味方認定した少年の肩を抱くことを忘れない丁の姿を見止め、天海は辟易する他なかった。
「わかりました。では1から10まで説明しますので、お二人とも座ってください」
次で異世界転生課の仕事や転生条件などの説明をします。