青春を描けない先輩と青春を表に出せない後輩
「里穂ちゃん、今日も付き合ってくれてありがとう」
私がベンチに座っていると、相坂先輩が自販機で買ったお茶のペットボトルを渡してくる。
男性の手にしては綺麗な白い手に青い絵の具が着いていた。
もう片方の手には水のペットボトルが握られている。
私は冷たいお茶を受け取って、頭につける。
六月にもかかわらず、熱気が私を攻撃してくる。
「いえいえ、約束ですから」
高校に入ってから二ヶ月半。
私は兄の友人である相坂先輩と毎週金曜日に遊んでいた。
今日はゲームセンターに行って、ウィンドウショッピングをして、家の近所にある公園にいる。
もうすぐ七時。
公園で遊ぶ子供たちの姿は見えない。
「そっちには友達との予定とかあるでしょ? 金曜日だし。用事があったらそっちを優先していいんだよ」
一緒に行動しているが、相坂先輩と恋人同士というわけでない。
高校に入るに当たって、私は相坂先輩に勉強を教えてもらっていた。
兄の友人とその妹。そして、家庭教師と生徒というのが少し前までの関係だ。
今は同じ高校に通っているので、先輩と後輩が追加されている。
「相坂先輩がいなかったら私、高校に入学できたのか怪しいんですよ? 相坂先輩へのお礼優先です」
相坂先輩が難しい顔をして私の横に座った。
そのままペットボトルを開けて水を飲む。
「ありがたいけどコンクールの締めまであと二カ月だ。正直、今回はあきらめモードかな」
「絵のコンクール諦めないで下さいよ。前回みたいに金賞取って下さいよ」
「テーマが『青春』だよ? 僕は『青春』と言われてピンと来ない」
最近、相坂先輩は青い絵の具を使って無造作かつ無作為に絵を描いているらしい。
素人の私からすれば、全部綺麗な絵だ。
前に見せてもらった青い鳥の絵も今にも動き出しそうなリアルさだった。
しかし、美術部の顧問と相坂先輩は納得がいかないらしい。
「だからこうやって毎週ぶらぶらしてるんじゃないですか」
相坂先輩へのお礼は「コンクールへ応募する絵のモチーフ探し」だ。
何がモチーフになるか分からないから手当たり次第に動いているのが現状。
「里穂ちゃんが手伝ってくれる限りは諦めないよ、多分」
「言い切って下さい!」
私が怒った口調をすると、相坂先輩は静かに笑った。
「うん。そうだね」
「なんで笑うんですか」
「こういう時間はいいな、って思ってね。うん。なかなかいいね」
両手の人差し指と親指をL字にして、四角を作った。その四角を私に向けて右片目で覗く。
「題名『安らかな日常の一ページ』なんてね」
悪戯っぽく笑う相坂先輩は少し子供っぽい。
心臓の動きが速くなる。
――ずるいなぁ。私はこんなにも青春しているのに。頑張って、隠して隠して隠し続けているのに。
「相坂先輩は恋とかしないんですか?」
「恋? さぁ、どうだろう。急にどうしたの?」
溢れ出していた言葉を質問で返されて慌てる。
「いや、そのー、ほら。恋も青春の一つといいますかね」
「そういう発想はなかったかな。でも、恋もピンとこないんだよね」
切り抜けられた。
心臓が落ち着きを取り戻し始める。
「そっちはどうなんだい?」
心臓が再加速する。
バレないようにしなければいけない。そうしないと金曜日の楽しみはなくなってしまうから。
「そうですね。恋はしたことがないですね」
私は貰ったお茶のペットボトルを強く握る。
「里穂ちゃんが恋愛中だと勝樹が知ったら泣くだろうね」
勝樹というのは兄の名前だ。
シスコンの兄のことだ。本当に泣くだろう。
今の私の心境を知ったら錯乱するかもしれない。
「泣かれても知りませんけど」
「今度、勝樹にも恋愛について聞いて見よう。何か良い刺激になるかもしれない」
相坂先輩は立ち上がって、スマホを確認している。
私も確認すると19:20とディスプレイに表示されていた。
――もう時間だ。
どうして私の門限は19:30なんだろうか。
「それじゃ、また月曜日に学校で」
「そうですね。じゃ学校で」
相坂先輩と私は家の方角が公園を挟んで逆なので、別々の方向に歩き始める。
週に一度、私は密かに青春をする。
何をどうしたらわからないが、何をどう思っているかだけはわかっている。
今を壊したくないという気持ちともっと踏み込んでしまいたいという気持ちがグチャグチャに混ぜられている。
相坂先輩は私の気持ちも青春も知らない。
だから、私で『青春』を知ってしまえばいいのだ。
――早く気づけ、ニブチン先輩。
わたくし、紺ノといいます。
気分転換+武者修行のため書きました。
普段はまったく別のものをマイペースに書いてます。
たまにはこういうのもアリですかね?