『動き出す歯車』
霧華がマリアと合流した頃、柊美久はパソコンを睨み付けていた。
父親が諦めた様子で部屋の入り口で背中を預け、彼女の行動の結果を見届けている。
「本当に調べるのか?彼女の事を」
「うん。私は多分知らないといけないから」
「はぁ……関わるべきではないと思うのが自然だと思うぞ」
暗殺者として育てられた事を見れば、確かに彼女の父の言う通りだろう。
光の世界で暮らす美久と闇の世界で暮らす霧華とは、物の見方と価値観が違う。
住む世界が違えば、彼女たちは相容れる事は決して無いと言っていい。
「あの人の名前は……」
「偽名だろうな。そもそも本名なのかどうかも分からない以上、ネットワークを駆使しても難しいだろう。特定するなら尚更だ」
カタカタとキーボードを叩く美久は、父のそんな言葉は聞こえていない。
見えているのは、目の前で映し出された画面に釘付けとなっている。
その画面には、数千数万数億と言える数の人の名前が表示されていた。
「お前、片っ端から名簿を洗うつもりか?」
「だって偽名なら、そうやって探すしかないもん」
「裏の世界に住む彼女ならば、偽装パスポートによって今の名前で登録されている可能性があるはずだ。まずはそこから調べるのが妥当だろ?」
「……あ、そういう事(えっと、キリカ・レイフォードキリカ・レイフォード……それとも霧華で……あ、あった!)」
政府が管理しているデータへとアクセスし、彼女の事を発見した美久。
その様子を眺めていた彼女の父は、肩を竦めつつも隣へとやって来て言った。
「――彼女は暗殺者として育てられているようだな。私の端末で調べてみたが、ブラックリストに要注意人物として載っているぞ」
「あの人は危険な人じゃない!それは分かってるはずでしょ?」
「だがあの手で人を殺し、汚れているのは明らかだ。深追いをすれば、足元を掬われるぞ」
「それでもあの人は、学院で楽しそうにしてた!まるで何も知らないみたいに。私は、あの人に知って欲しいの」
柊美久という人間の時間、霧華という人間の時間。
その両方の時間は、言い換えれば日常と非日常だ。
そして非日常しか知らない霧華には、日常を知って欲しいと思う美久なのであった。
「それをお前がするという事なのか?そんな必要は無いだろう?」
「確かにそんな権利は私に無いよ。けど、友達に笑って欲しいって思うのは、いけない事?」
「っ……(手を汚している事を知りながら、お前は彼女と関わろうとするのか。友人だからと)」
美久の微かに揺れる瞳を見た彼女の父は、片手で顔を覆った。
やがて端末を手に取り、彼女の後ろで何処かに連絡をし始めたのだった。
「……私だ。……すぐに部隊を編成し、ある人物を探してもらいたい」
「(お父さん……?)」




