『彼女の正体』
『そうですか。お姉さま、扉の前まで来れますか?鍵を渡したいので、近付いてくれませんか?』
扉の向こう側から投げられるその言葉は、この密室から出る最短のルートだ。
だがしかし、それを聞いた瞬間に私は思わず笑みを零してしまった。
数ヶ月前の私ならば、恐らく何も思わずに扉に近付いていたかもしれない。
――姿形が見えない声。
――真っ暗闇の中でただ一人の密室。
並大抵の人間であれば、この二つの時点で不安感が煽られるだろう。
だが私は、不思議と思考はクリアになっていてこの状況を寧ろ楽しんでいた。
扉の前に居る彼女が、本当にマリア・スカーレットという少女なのかも分からない。
だが声は同じだし、間違えようが無いというこの状況。
「……そうね。出してくれるなら、助かる。今からそっちに行くから、待っててくれる?」
『は、はい!お姉さま!』
扉の向こう側で、チャラチャラと軽い金属音が聞こえてくる。
どうやら鍵を持っているのは本当らしいが、メイド服のヘッドドレスしか見えない。
その一部しか見えない以上、おいそれと信じる訳にはいかないだろう。
だから私は縛られた状態でも起き上がり、壁に体重を預けながら立ち上がった。
足さえ動けばなんとかなりそうだと思ったのだが、徐々に身体が自由になってきたらしい。
「……今、行く」
『分かりました。出来るだけ音を立てないように開けたいので、もう少し近くまで寄ってもらえますか?』
「分かった」
音を立てないようにするというのは、多少なりにも理解出来なくは無い。
だがしかし、どうやら私の読みは合っているかもしれない。
扉付近まで来た瞬間、身体の力が抜けて壁に肩から激突してしまった。
その物音に驚いたのか。彼女は慌てた様子で鍵をガチャリと開ける。
「――っ!」
少しの隙間が見えた瞬間、私は扉から空かさずに離れた。
すると次の瞬間、鉛玉が私の耳元を掠める音がしたのである。
やはり、私の予想は正解していたようだ。
「へぇ、良く避けたね。褒めてあげるよ」
「……典型的な騙まし討ち。読めない方がどうかしてる」
私はその場で座り、楽な姿勢を作りながら彼女を見据えた。
どうやら真似をするのを止めたのか、本当の声に戻っている。
その聞いた事がある声は、少年なのだが中性的な声で耳を通ってくる。
だからこそ彼女は、いや……彼は変装などが得意なのだろうと思う。
「確かに。この方法じゃ騙されないか、流石に」
「当然。私はそこまで甘いつもりは無い」
そう言いながら見据えた先で、彼は変装の為に着ていたメイド服を脱ぎ去ったのだった。




