『霞んだ世界』
――体が動かない。
思考回路から足の指先まで、全身を動かそうとしたが動かない。
霞んだ視界で周囲を観察し、霧華は自分の置かれている状況を確認する。
身動きが取れない様子で確認すると、霧華は個室の中だと把握した。
身体を冷たくしている床に頬を付け、霞んだ視界のまま目を動かす。
「……(何も、見えない)」
部屋が暗い事は把握出来るのだが、霧華は個室の広さすら把握出来ない。
視界も悪く、思考も働く様子も無い。あるのは、自分が個室に居るという事だけ。
それしか把握出来ない霧華は、身動き出来ない状態で違和感を覚えた。
「……(右腕、生えた?)」
床に身体の部位を付けながら、自分の腕があるかどうかの確認をする。
だがやはり腕があるようには感じるが、それでも違和感が拭えない感覚があった。
その感覚を確かめようとするのだが、やはり身動きが取れない状態で不可能らしい。
「……義手?」
片腕を確かに失った記憶がある中で、その可能性を呟いた。
裏社会では義手義足で過ごす人間は、決して多くは無いが見に覚えがある。
そんな過去の記憶を参照しながら、霧華は自分の身体がちゃんと動くかを確認する。
「(五感は平気っぽい。けど……右腕が動かせない)」
義手であれば、リハビリを数日しなければ筋肉が馴染まないと話を聞く。
そしてリハビリをした記憶が無い霧華は、小さく息を吐きながらゆっくりと義手を動かした。
肩から指先へと順番に動かしていき、動く場所と動かない場所を感覚で覚えていく。
そんな事をしている最中、個室へと近寄る足音が耳に入って来た。
「……(足音?誰)」
足だけは動かせる事を理解した霧華は、足と壁を利用して姿勢を変える。
足音が聞こえる方へ視線を動かし、目を細めて個室の角へと背中を預ける。
その行動をしている間、霧華の視界は徐々に回復しつつあった。
やがて見えるようになった視界を見ると、同時に個室の入り口前で足音が止まった。
『……』
「……?」
明りを点けず、個室の前でただ足を止める。
姿が見えない以上、誰なのかを理解する事は出来ない。
そう思いながら霧華は、目を細めつつも耳を澄ます。
『……さま、……ですか?』
「(この声……)」
良く聞き取れなかったが、その声に見覚えがあった霧華。
その記憶を見つけた霧華は、入り口へと近付いてその声の主の名を呼んだ。
「――マリア?マリアなの?」
「お姉さま?良かった!無事なんですね」
「無事がどうか分からないけど、けど生きてはいる」
「そうですか。お姉さま、扉の前まで来れますか?鍵を渡したいので、近付いてくれませんか?」
そんな言葉を聞いた瞬間、霧華は笑みを浮かべつつも声の聞こえる方へと移動した。




