『覚醒』
ナイフが飛んで来た。
それを私は、瞬時に掴み取って手を翻した。
微かに指に切り傷が出来たものの、不思議と痛みは感じない。
それどころか、私の思考はとてもクリアとなっている。
「……何をしたっ!」
目の前でそう叫んでいる彼の肩には、私が返したナイフが刺さっている。
そのナイフを抜きながら、彼は私を真っ直ぐに見据えている。
状況から察するに、彼にとって知らない技をしたと思われているのかもしれない。
だがしかし、私は特別何かをした訳では無い。
「……ふふふ」
「っ!?」
そう、何もしていない。
ただ、いつも通りにしただけだ。
――目の前に立っている敵を排除する為。
それだけの理由があれば、私は戦える。
相手に容赦する事なく、一切の躊躇なく殺せる。
「お、お姉さま……?」
「マリア、大人しくしてて。すぐに終わらせてあげるから」
「……っ(いつものお姉さまじゃない。あのレイフォードと名乗っていたお姉さまとも違う。この寒気は……一体)」
縛られたまま、私の事を真っ直ぐに見るマリア。
メイド服の上から縛られているから、窮屈な服の上にさらに窮屈そうだ。
だが良く見れば見る程、彼女には外傷と呼べる外傷が全く無い。
本当に私を陥れたかったのなら、彼女に傷の一つや二つ与えてもおかしくない。
寧ろ自然な行動だと思えるのだが、何故彼はそれをしなかったのか。
「……何もしていない。ただナイフを投げ返しただけだよ、レン」
「予備動作が無いように見えたが、それが可能なのか?お前」
「予備動作っていうのは、次の行動に移る為の体勢準備。でもそれをするのなら、私にとっては愚の骨頂だよ?だってそうでしょ。――」
「っ!?」
そう言いながら、私は彼との距離を予備動作無しに詰める。
持っていたナイフを先に投げ、回避した彼の体勢が崩れたところで目の前に現れる。
神出鬼没のように見えるだけで、ただの相手から私への視線を外させただけ。
そして、人間の視界の死角である斜め下からの攻撃。
「ぐっ……」
「どうしたの、レン。さっきまで、私を殺す気満々だったのに……本気を出させたのだから、もう少し楽しませてよ」
「この、やろうっ!!」
不利な体勢から、無理に繰り出した蹴り上げ。
その足を掴み取って、私は彼の身体を振り回して投げる。
投げられた彼は、地面に足を付いた瞬間に受身を取って体勢を立て直す。
「はぁ、はぁ、はぁ……お前、本当に同一人物かよ」
「……ふふふ。何を言ってるの?ずっと私は私だよ」
私がそう言った時、空が鳴き始めた。
やがてポタポタと冷たい水が降り始め、私たちの身体を叩き始める。
灰色から雷雲へと変わった空から、ピカッと光る一閃が発生した瞬間だった。
「……ぐっ」
「さぁ、始めよう。私たちの殺し合いを」
彼の瞳には、笑みを浮かべた私が映っていたのであった。




