『返るナイフ』
自分の足元に溜まっていく赤い水。
それを見つめる霧華は、ユラユラと身体を左右に揺らす。
「……!」
そして、精神状態が不安定となっていく。
ユラユラと緩やかだったバランスが、グラグラとそれを崩していく。
やがて精神がボロボロと崩れ、奈落の底へと堕ちていく。
「っ、お姉さま……?」
「――どうした?あまりの痛みにオカシクなったか?」
黙ったまま、その場から動かない霧華。
そんな霧華を見据えながら、煽るようにしてレンは言った。
その言葉を聞いた瞬間、マリアはギロリとレンを睨み付ける。
「よくも、よくもお姉さまの腕をっ!」
「おいおい、お前が吼えるのかよ。自分の状況を忘れるなよ?」
ナイフを手元で遊ばせながら、レンはそんな事を笑みを浮かべて言った。
「ふざけるなっ。殺すっ、お姉さまの腕を傷つけたお前なんかっ、殺してやるっ!」
「まるで狂犬だな。歪んだ愛情は時に人を惑わす。他人を慕ったとしても、必ず上手く行く訳ねぇだろ?たったこれだけの障害が出た程度で、何を取り乱してるんだよ?あぁ?」
「ぐっ……お姉さま、応急処置か一時撤退を!そのままでは大量出血で死んでしまいます!お姉さまっ」
縛られた状態で起き上がろうとしながら、マリアは霧華にそう叫んだ。
だが無言のまま佇む彼女には、そんな声が届いている様子には見えなかった。
それどころか、彼女の目はレンから逸らされる事は無かった。
「……」
痛みもある。
視界も歪んでいく。
見える景色が霞んで、レンの姿も見えにくくなっている。
……だが、霧華は見据えたまま動こうとしていない。
その様子を疑問に思ったのか、レンは首を傾げながら問い掛ける。
「おいおい、本当に死んじまったんじゃねぇだろうな?この程度で死ぬとか、有り得ねぇだろ」
「……」
「無視か?少しは反応を示して欲しいなぁ?」
「…………」
「チッ、興醒めだな。これを投げて終わらせてやるよ。あばよ、霧華」
レンは肩を竦め、半ば諦めた様子で手元のナイフを投げた。
霧華に向かって真っ直ぐ飛んでいくナイフ。
それはやがて霧華へ到達する。……はずだった。
――グサッ!
「え……?」
レンは声を漏らした。
それは何故か――疑問に思ったそれを見つめる。
肩に刺さったナイフ。投げたような格好の霧華。
その様子を見て、レンは目を見開いて声を漏らした。
「――お前、何をした?」
「……」
「何をしたっ!」
答えは簡単で、実に明解な事だ。
だが一歩も動いた様子の無い彼女の姿を見て、レンは睨んだのである。




