『スイッチ』
「――っ、殺すっ!」
「お姉さまっ!?」
片腕を失っている中で、レンを睨む霧華は叫んだ。
痛みに耐えながらギリっと奥歯を噛む霧華を見て、マリアもまた声を上げる。
だが無我夢中となっている状態では、彼女にマリアの声は届いていなかった。
「へぇ、まだ立ってられるのか。流石」
「ぐっ……このっ!」
片腕かを失いつつも、もう片方の腕でナイフを振るう。
だが振るったナイフをレンは回避し、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
「あぁ、ダメダメだ。今のお前じゃオレには勝てねぇぞ?」
「……っ!!」
回避された瞬間に回し蹴りを放ち、それも回避されても追撃を放つ霧華。
格闘のコンボを繋ぎ続けて、身体全体を使ってレンへと格闘を放つ。
だが身体を振り回す事によって、霧華の足元には赤い血が撒き散らされる。
「お姉さまっ、落ち着いて下さい!そのまま戦えば、大量出血で死んでしまいますよ!!」
縛られた状態であっても、声を上げてマリアは霧華へと伝えようとする。
だがしかし、霧華には既にスイッチが入っていた事をマリアは知らない。
スイッチとはつまり、霧華の中に眠る『衝動』と呼べる類のモノだ。
『……よくも、私たちの腕をやってくれましたわね』
そしてそれは、霧華の中に眠る彼女にも影響を及ぼしていた。
その衝動を抑える術を持たない霧華にとって、それは精神的な鍵という意味を持つ。
やがてその鍵を扉へと差し込み、霧華は目を細めて扉の中へと足を入れるのであった。
『さぁ、始めましょうか。私のご主人様♪』
「……」
『私の邪魔をする者は全て――』
怒りに任せていた霧華だったが、包んでいた殺気を消し去った。
だが彼女の様子は一変しており、ユラユラと揺れながらも静かに立っている。
細められた目を空へと向けられ、敵であるレンへと向けられていないという状態だ。
「あぁ?どうしたよ。腕を斬り落とされて気でも狂ったか?」
「…………」
ボーっと佇む霧華だったが、やがてグラリと身体を揺らして動き出す。
空気を切った音が耳に響いたレンは、何をされたのかを理解出来なかった。
だが数秒後、自分の身体の一部に変化がある事に気が付いた……。
耳元から首へと流れる生暖かいモノ。それを指を確かめた瞬間、何をされたか理解した。
「ナイフ、あの一瞬で投げたのか。へぇ、まだやれるとか本当に流石だなぁ。(ナイフが見えなかった。一体、どんなトリックを使いやがった?)」
そんな事を思っていたレンだったが、そう考えている間に霧華は再び動き出したのだった。
小さく、ブツブツと呟きながら――。
「私の邪魔する者。全て、排除……」




