『復讐だ』
「良かったじゃねぇか。あいつ、お前を迎えに来たみたいだぜ?」
「……」
「せっかく口を塞ぐのを止めたんだ。オレの暇潰しに付き合えよ」
ナイフの柄の部分で頬を押しながら、彼は私に悪戯をしてくる。
暇潰しをしたいのは分かるが、敵である人間と仲良くしてるつもりは無い。
それに人質に取られているというのに、その相手と話すなどする訳が無いだろう。
そう思いながら、口角を上げる彼へと視線を向ける。
「……っ」
「おぉ、反抗期かぁ?そんな睨んだって形勢は逆転しねぇよ」
「……」
「理解はしてる。なんて言いたそうな目だな」
縛られた状態で、私は彼を睨んだ。
だが彼はへらへらと笑みを浮かべた末、私の顔の目の前にナイフを突き刺した。
「言っとくが、お前を生かしてるのは利用価値があるからだ。利用価値が無いと判断した瞬間、お前の命は無いと思った方が賢明だ」
「……お姉さまが私を助けに来るとは思えない」
「現に助けに来てる状況で何を言ってるんだ?お前は」
「傍から見ればそう見えるかもしれない。けれど、闇の世界はそんなに甘くない。私が捕まったのは私の落ち度という事になって、私はお姉さまに殺されるかあの人の元へ連れて行かれると思う」
「なら、逃げりゃ良いじゃねぇか。何故そうしない?」
「それは……」
彼の問い掛けに答えようとした時、私は言葉に詰まってしまった。
何故、どうして自分の身を危険に曝してまでこの場に留まっているのか。
それについて考えた瞬間、彼女はともかくその上に居る人たちには恩義は全く無い。
寧ろ、皆無と言っても良かった事を理解した。
「もしお前があいつの傍に居たいなら、それはお前の自由だし止めはしない。だが、絶対にいつか後悔するぞ」
「……後悔なんて、お姉さまは私を助けてくれたのですよ?」
「それが利用する為だったとしたら、お前にはもう自由は無ぇよ。それでも良いっていうなら、別にオレがとやかく言う権利は無い。だがお前がもし、自分の気持ちを押し殺したままであいつと居るなら、止めておけ。――縋っても、あいつは簡単に他人を裏切る人間だ」
「っ……」
そう言った彼の表情は、自然に下へと俯いてしまった。
その様子を見た私は、彼がどういう人間かという事を知らない事に気付いた。
彼がどうして、何故、彼女と対立しているのかも含めて詳しく無い事に。
そう思った私は、どうしてか。……気付けば口から声が漏れてしまっていた――。
「貴方が、お姉さまを殺したいのは何故ですか?」
「……復讐だ」




