『どうして?』
「……すぅ、すぅ……」
寝息を立てている彼女を眺めながら、私は額に乗せていたタオルを絞る。
生温くなってしまっている水から冷たい水へ。気のせいか、表情も落ち着いている。
最初の状態を思い出せば、これでも落ち着いた方だろう。
「……レイフォードさん、どうしてそんな……」
「すぅ……すぅ……」
どうしてそんな……という言葉の先は、自然と言葉にする事が出来なかった。
これは彼女の問題でもあり、過去の出来事を聞いてしまう事へと繋がってしまう。
それは聞いてはいけないと、知ってはいけないというのがなんとなく私を抑制する。
誰かが言っている。もしかすれば、心の中に居るもう一人の自分が言っているのかもしれない。
「……はは」
そんな事は有り得るはずないのに、私は自分の描いた妄想に笑みを零す。
彼女にどんな過去があったとしても、私は今の彼女の事しか詳しく知らない。
いや、そもそも今の彼女についてすら詳しいか曖昧だ。
――不安定で、浅はかで、穴だらけだ。
そんな圧倒的情報不足の中で、父は彼女についての情報を教えてくれた。
ほんの一部。……それがどんな事であっても、彼女の事が知れたのは嬉しかった。
だって彼女は、キリカ・レイフォードという名前の彼女は私の友人だから。
「おやすみなさい。レイフォードさん」
「…………」
ゆっくりと扉を閉めて、私は電気の消された台所へと向かう。
彼女が倒れてから数時間、流石に飲まず食わずというのは体に悪い。
自分の夜食を用意するついでに、彼女の為に何か一つ作るとしよう。
喜んでくれなくても、食べるのを警戒しても……それでも出来れば食べて欲しい。
それで彼女が元気になるのなら、私はこの命を危険に曝しても構わない。
「……」
「お人好しね、貴女」
「ひゃあっ!?」
「――しっ、両親が起きてしまうわ?驚かせてしまってごめんなさい。あまりにも危機感が無いから、わたしが表に出て直接言いたくなってしまったわ」
「……?」
彼女の言動の一部が気になったが、それよりも彼女が先程まで寝込んでいた。
そんな急に動けるはずもない高熱を出していたのに、どうしてここまで動けているのだろう。
回復したから?だがそれにしたって、タオルを変えた時はまだ額が熱かったはずなのだが……。
「貴女の疑問は最もだわ。まずは自己紹介を致しましょうか」
「自己紹介って……え?」
「わたしはキリカ・レイフォード。そこで寝ていた女の子の中に居るもう一つの人格。普段の彼女と違ってお喋りだから、仲良くしてくれると嬉しいわ」
彼女はそう言いながら、私が代わりに着せたパジャマの端を持って頭を下げる。
それは、物語に出て来るお姫様や社交界に居るお嬢様のようなお辞儀で自己紹介をした。
「……二重、人格?」
「ええ、そうよ。まぁ物珍しいのは分かるけど、あの子は寝ているからわたしが出て来たの。それで、単刀直入に聞くのだけど良いかしら?」
「ど、どうぞ?」
いつもの彼女と違って、確かに饒舌に話している。
でも何処か大人びていて、表情が豊かという点を踏まえれば言っている事は嘘じゃない。
そんな事を思いながら、私は次に彼女から出た言葉に驚いたのだった――。
「どうして貴女は、わたしを警察に突き出さないの?」




