『目覚めたらそこは……』
「はぁ、はぁ、はぁ……」
どれだけ歩いただろうか。
もう視界に広がっている景色は、暗く黒に染まっている。
街灯の明かりが微かに見えるだけで、私の視界は霞んで来ていた。
「……あれ?」
「……」
やがて誰かと擦れ違い、私の横を通り過ぎた直後に声を漏らす。
その誰かの声を聞き、私はゆっくりとその声の主を確認する。
もう夜遅い時間で、一体誰が私に興味を示したのかが気になった。
「……?……っ」
「あ、危ないっ!」
だがしかし、霞んでいた視界では上手く見る事が出来ない。
私はそのまま、誰かも分からない誰かの前で意識が現実世界と絶たれてしまった。
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……………………。
…………。
――目を開けたら、そこには知らない天井があった。
目の前に広がる景色の中で、自分が記憶しているモノは何も無い。
過去の記憶を検索しても、頭の中でこの光景がヒットする事は無かった。
「あ、起きたんだね。レイフォードさん」
「……っ」
その声が聞こえてきた瞬間、反射的にその場から跳ねてポケットからナイフを取り出す……。
「っ……(ナイフが、無い)」
「ダメだよ、急に動いちゃ!レイフォードさん、凄い熱なんだからっ」
ナイフを取り出す事が出来なかった私へ、何の警戒もせずに近付いてくる気配。
その気配とその声から、私はやっと目の前に居る相手の情報を割り出す事が出来た。
「ひいらぎ、みく……」
その名を呟いた私に対して、彼女は『そうだよ』と言って反応を示した。
あの時間に何故、彼女があの場所に居たのかは知らない。
だがどんな理由であれ、私からナイフを奪っている事は確かな話だ。
ここは警戒しつつ、彼女を拘束して……。
『美久。彼女から離れなさい。私は彼女と話す。話さなければならない件がある』
「お父さん、勝手に入って来て!ノックぐらいしないとダメだっていつも……」
最初は力強く言っていた彼女だったが、次第に感じたであろう空気によってその口調は弱くなる。
それもそうだ。彼女が『お父さん』と呼んだ者からは、私へと向ける殺気のような空気がある。
常人である彼女でさえも感じるのだから、肉眼で確認すれば睨んでいる事だろう。
「……」
この場をどうしようかと考えたが、頭がボーっとして何も考えられない。
視界も霞んでいて、まともに目の前の情報を脳内へ取り込みにくい。
「あの、大丈夫ですか?レイフォードさん」
『美久、私の言葉を聞いていなかったのか?彼女から離れるんだ』
「……お父さんが心配してる事って、彼女が持っていたこれの事?」
「『っ!?』」
彼女はそう言って、恐らく私が持っていたナイフを父に見せたのだろう。
その瞬間、私の中に残っていた意識が身体を動かした。
ゆっくりと手を伸ばして、『ナイフを返せ』と彼女を脅せば解決するはずだ。
そう思ったが私は、再び真っ暗な世界へと誘われてしまうのであった――。
「レ、レイフォードさんっ!お、お父さん、タオルを持ってきて!」
『だ、だがしかし……美久、彼女はっ』
「良いから!早く持って来る!じゃないとお母さんに女の子を見捨てたって告げ口するからね!」
『ぐぬ……』




