『メイドの矛先』
「さて、マリア。キミの話を聞く限り、そのニュースを見てから霧華の様子がおかしくなったんだね?」
「はい。……私、どうすれば良いか。お姉さまは大丈夫なんでしょうか?」
「さぁどうだろうね。彼女自身、枷が外れた場合は厄介だからねぇ。――どう思う?ジェシカ」
彼が顎を触りながら考える後ろで、椅子に座って足を組む彼女に問い掛ける。
その問い掛けに対して目を細める彼女は、心配が顔に出過ぎているマリアを見つめた。
やがて溜息を吐きながら、彼女は彼に告げる。
「私の奴隷である彼女が、そんな簡単に裏切るようには躾けていないわ。命じた事に対して、忠実に従うのが『霧華』という少女のあるべき姿よ。なら、ここは一旦彼女の思うようにさせてみましょう。最悪の場合は、貴方に彼女の事を任せるわ」
「はぁ、相変わらずキミは甘い。けどまぁ、分かったよ。最悪の場合も了解したよ」
そんな彼女たちの会話を聞いたマリアは、焦った様子で声を上げた。
「そ、それはお姉さまを見捨てるという事ですかっ?」
心配という文字を表したようなマリアの表情は、険しく顔色の悪い状態となっている。
そんなマリアの様子を見つめながらも、彼は冷たく目を細めて彼女に告げた。
「――何か問題があるかい?霧華という人間の存在は、ジェシカの奴隷である事は変わりない。キミもそんな彼女の状態を理解したうえで、こちら側へと足を踏み入れたんだ。これくらいの処理をした程度で、声を上げないでくれないかい?」
「っ……それでも、お姉さまの主人でしょう!?どうしてそんな簡単にお姉さまを……人間一人を見捨てる事が出来るのですか!?――ぐっ」
その問い掛けをした瞬間、彼はマリアの首を強く絞めて壁へと押し付けた。
「ジェシカはともかく、キミも甘い考えをしてるようだね。良い機会だから教えてあげるよ」
「な、なにを……です、か……っ」
「この世界に足を踏み入れた時点で、仕事仲間は仕事仲間だけであってそれ以上の関係は築けないんだ。それが表ではなく、裏という世界なんだよ。この世界の裏側には、秩序なんてほぼ関係無いって思った方が良い。もし秩序を求めるのなら、今すぐ表の世界に戻った方が身の為さ」
「っ……」
首を絞められた状態のまま、冷たい視線が交わされる。
その感覚はまるで、獲物となった感覚に似ていると錯覚している。
そんな彼らの様子を眺めていたジェシカは、小さく息を吐いて彼の肩に手を置いた。
「その辺にしてあげなさい。それ以上やれば、この子が死んでしまうわ」
「……はぁ」
溜息を吐きながら、彼はマリアへの拘束を解いた。
ストンと崩れ落ちたマリアは、自分の首を押さえながら涙目で彼の事を見据える。
「っはぁ……げほげほっ……っ!」
「反抗的な眼だね。キミのその眼に免じて、キミの行いを許すとしよう。とりあえず彼女を見つけるって事で、そろそろ行くよ」
「ぐっ……げほげほ。(絶対に許さない。お姉さまは、殺させないっ!)」
そんな事をマリアが考えているとは知らず、彼はゆっくりとドアを閉める。
そのドアが閉まる最後の瞬間まで、マリアは彼のその背中を黒く睨み付けるのであった――。




