『生贄』
マリアの前に居る彼女、霧華の中に居るもう一人の彼女が現れた一方。
彼女たちの知らない所で、任務の状況は大きく変化しようとしていた。
「……どうするつもりだい?ジェシカ。君がしたい事に文句を言うつもりは無いけれど、本当に彼を信じて良かったのかい」
「良いも何も無いわ。あれは私の気まぐれですもの。それに問題も生じるようなヘマをするなら、私はここには存在してはいないわ」
「……それもそうだね。それで?彼は使えそうかい」
「予想以上に身体能力が高いけれど、それでもあの子には遠く及ばない。頭脳戦となった場合なら勝率は上がるけれど、どうかしら。あの子もあの子で勘が鋭い部分もあるし、五分五分かしらね」
モニターに映る二枚の人物写真。
一枚は霧華であり、もう一枚には少年の写真が映し出されている。
彼女たちはそれを眺めながら、そんな会話を交わしている時だった。
この彼女たちの行動が、彼女の行動にも影響が出る事を本人たちは知らない。
だからこそ、ジェシカは笑みを浮かべて小さく呟くように言うのであった。
「さ、私たちは私たちの仕事をしましょうか」
「そうだね。まぁ来るべき時に備えるだけだけどね」
「変わらないわ。彼女は必ず来る。私の元に……その時が歯車が動く時ですもの」
「こちらとしては、動いて欲しくないものだけど……君が言うなら仕方が無い」
「協力は感謝しているわ。けれど、貴方が責任を感じる事は無いの。全ては私が行う事なのだから」
ジェシカはそう言って、目の前の少年に笑みを向けた。
溜息混じりにそんな彼女を眺め、少年は彼女の後を追う。
だが少年は思うのである。何度も何度も繰り返して、それでも答えは出さずに居た。
「(霧華。君が来てから、彼女は嬉々としている。だけど、それがボクとしては気に入らないな。いつか、ボクとも決着を付けなくはならないけど……ボクが殺すまでは死なないでくれると嬉しいよ)」
そう思いながら、少し遠くなったモニターを眺める。
そのモニターに映る彼の姿を見つめ、少年は先に向かったジェシカの後を追い直す。
「(それまでは、彼と踊るといい。血と涙で綴られた鎮魂歌を。霧華、慰めの時は近いよ?)――」
少年と彼女は、その場所から姿を消した。
その数分後、扉が思い切りに開けられて黒服の男たちが飛び込んだ。
監視カメラ越しにそれを確認した少年は、先を歩く彼女に告げるのであった。
「ジェシカ、まずは君に生贄を捧げるとしよう。見てごらん?綺麗な花火だろう?」
そう言いながら、闇夜の空へと昇る炎を瞳に映すのだった――。




