『蜘蛛の巣』
『少しだけ、休憩しましょうか?貴女も喋り過ぎて、疲れているでしょう?』
「……少しだけ。だけど、大丈夫。まだ……話せ、る……」
『だーめ。ほら、ゆっくりお休み?また明日にでも、教えてくれるだけ良いわ。貴女とわたしは一心同体。いつでも一緒なのだから、安心して良いわ』
霧華は自分自身の投影である彼女の言葉に従い、すぐに眠りへと誘われた。
倒れるように寝転がった霧華の頭に手を添えながら、彼女は目を瞑って口を開くのだった。
『貴女が寝ている間、わたしは散歩に出掛けてるわね?少し、その身体を借りるわ』
「…………」
スッと幽霊のように身体を重ねた瞬間、霧華はゆっくりと閉じた目を開ける。
ゆっくりと身体を起こしてから、一度自分の腕や足に触れて何かを確認している。
それはおそらく、定着しているかどうかの確認だろう。キリカ・レイフォードという存在の。
「さぁ、散歩に行きましょう。今夜は月が綺麗だから」
霧華を寝ている事を確認したキリカは、同じ身体を使って外へと出向いた。
自分の言った言葉を確認するかのようにして空を見上げると、空には闇夜に輝く月が見え隠れする。
その様子を確認したキリカは、輝く月の下で笑みを浮かべながら歩を進めた。
「~~♪」
真っ暗な空の下で、キリカは鼻歌混じりにスキップして道を進む。
外を歩ける事が嬉しいのかと錯覚してしまう程、キリカの動きには軽やかさがあった。
そんな事をしていると、背後から人の気配をキリカは察知した。
振り返らずにその気配を見つけ、ニヤリと小さく口元を緩めたキリカ。
「(深夜だというのに、お仕事熱心な方。どんなお方かしら)」
そんな事を思いつつ、キリカは闇夜が深いと思われる路地裏へと身を消した。
背後から迫って居た人影は、それを追うようにして同じ路地へと姿を消す。
だがその人影は足を止めて、路地へ入った状態で硬直していたのだった。
「御用は何かしら?わたしは今、優雅なひと時を過ごしたいと思っているのですが?それを邪魔をするおつもりならば、覚悟があると思って宜しいでしょうか?」
『…………』
人影はクスっと笑みを浮かべると、胸元からそっとナイフを取り出した。
月の光によって光るそれは、綺麗な白色の中でも不気味な空気を一緒に纏っている。
その空気はおそらく『殺意』と呼ばれる感情が見えているから。
『……!』
「あら、危ない。いきなりそんなモノを振り回さないで下さるかしら。思わず手が出てしまうでは無いですか。フフフ……」
『っ……!?』
キリカはそう言いながら、不気味な笑みを浮かべた。
人影が後ろへと下がる直前、地面に何かが落ちる音が耳に入る。
その音を辿った瞬間、人影は『死』を確認したのであった。
「首を撥ねれば、人間は死ぬのですよ。お客様♪」
『……』
キリカは倒れた人影に近寄り、深くお辞儀をして立ち去った。
雲に遮られた光が差し込んだ瞬間、路地には蜘蛛の巣のように張り巡らせた糸が輝いていた。
「わたしは、私自身をお守りしますわ。ご主人様、フフフ♪」
そう小さく呟くと、キリカは闇夜に姿を消したのであった――。




