『終わりの始まり』
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
――気持ちが悪い。
単純に込み上げてくるその感情は、手元にまで感触が伝わってくる。
身体全体に寒気を及ぼす程の不快感を纏いながら、霧華は手に持ったナイフを握り締める。
『さて第一段階終了だよ、お嬢ちゃん。次の場所へ移動しよう』
「は、はい……」
『初めてにしては上出来だ。良くやった』
「……はい」
そう言いながら笑顔を浮かべる彼は、ゆっくりと霧華の頭を撫でる。
その手には強さは全く無く、ただの良心という空気を纏っている。
だが彼女、霧華はその時に初めて知ったのである。
――人を殺した感触を。
……初めて人を殺した。
自分がした事を男は怒る事なく、私の頭を笑みを浮かべて撫でている。
そのまま手を引いて、『さぁ、次だ』と言って歩を進める。
私はそれに連れられて、様々な場所へと足を運んだ事を覚えている。
『それからずっと、これを続けているのかしら?』
「……うん。もう何人殺したか、私は記憶していない」
『そう。だから――なのね』
「え?」
『なんでもないわ?気にしなくて良い。さ、もう少し教えて?』
「分かった。その後は……――」
私は語り続けた。
姿の見えない人間からすれば、ただの独り言にしか聞こえない。
だけど私は、こんな風に長く人と話した事が無かったと思う。
マリアとも違うし、あの人とも違う。なんとなくだが彼女は……。
――キリカは私だから、思わず対等だと勘違いしてしまうのだ。
『さぁ、次だ』
「つ、次は何処に行くのですか?」
『そうだな。次は少し、街へ行ってみよう。ここよりは、都会だと思うからお嬢ちゃんの服でも買ってみようか』
「服……?私の?」
『いつまでも孤児院でもらった服など、勿体無いだろう?好きな服を選びなさい』
「……っ」
彼の言葉を聞いた途端、霧華の瞳が揺れた。
やがて心底嬉しそうな表情で、彼に引かれた手を強く握って言った。
「あ、ありがとうございますっ」
『あぁ、良いよ』
こんな親切な人が自分を見つけ、自分を引き取ってくれた。
そんな幸せで温かい空気を感じながら、霧華は微かに微笑んだように口角を上げた。
だが彼女は知らない。そして、知る事になる。
『でもその前にだ。さぁ、着いたぞ。ここがお嬢ちゃんと暮らす家だ』
「……っ」
自分が踏み入ろうとしてる場所が、この世界から外れている事を。
この理から逸脱し、定められたレールの上を走らない者達。
そういう彼らが、霧華の人生に『希望』ではなく……。
『絶望』を与える事を知るのであった――。




