『体術訓練の末』
孤児院での生活をし始めて数日が過ぎ、周囲との距離もだいぶ掴めて来た。
その少女は孤児院に入って間もないが、基礎体力を向上させる為の時間では優秀だった。
少女でありながら、対人訓練で男子に引けを取らない強さを持っている様子であった。
『あの娘の様子はどうなっている?』
『ええ、貴方の見立ては正しかったようですよ。かなり優秀な成績です。これならば、その時が来るのはそう遠くは無いでしょう』
そんな大人たちの会話を知らない子供たちは、少女の運動能力に目を奪われていた。
ある者は褒め称え、ある者は逆に妬んで羨んでいた。だがそれは子供であるが故、仕方の無い事。
「……おい、お前!」
「ん……私?」
「あぁそうだよ、お前以外を指差して話してると思うか?」
「……そうね。私以外に誰もいない」
少年はその少女を指差して、納得のいかない表情を浮かべながら口を開いた。
彼もまた、妬み羨んだ子供の一人だろう。それを証明するのは、彼自身である。
「何かインチキしてるんじゃないだろうな?」
「何の話?」
「お前の訓練の成績だ!ゼッタイ女の動きじゃないぞ、それ!」
「そんな事を言われても……」
そう言われた少女は、困惑した様子で首を傾げる。
そんな二人の様子を見兼ねたのか、もう一人の少女がその輪に入る。
「はいはい。レン、子供じゃないんだから、駄々を捏ねないの!」
「なっ、ダダを捏ねてないだろ!」
「捏ねてるわよ。ワガママって言った方がイイ?」
「ぐぬぬ……だってさ、信じられないだろ?男よりも強い女とか、聞いた事無いぜ?」
「私も知らない。けど、現にあの子が強いのは、皆が知ってる事。レンだけが言ってもしょーがないでしょ?」
「ぐっ……わ、分かったよ。おい、お前!」
「……?」
再びレンと呼ばれる少年に指を差され、少女は首を傾げて彼を見る。
何かを思っている訳でもなく、彼が言っている事を分かっている訳でもない。
だが彼の言葉を聞く必要があると思い、少女は彼の言葉を待つのであった。
「……次はゼッタイ、お前から一本取ってやる!覚悟しとけよ」
「…………」
フンと鼻を鳴らして、ドカドカと足音を立てて去っていく少年。
その少年の背中を眺める少女は、目を細めて自分の影を見つめていた。
それは夕暮れに染まる空の所為で、黒く濃いものとなっていた事に気付いた。
『はい、皆さん。そろそろご夕食の時間ですよ』
「…………(ご飯)」
他の子供たちが『はーい』と言っている中で、少女だけは無言でシスターの下へと向かう。
ユラユラと揺れる自分の影に振り返るが、やがて何も考えていなかったように中へ入って行った。
この実技訓練が、彼女にとっての始まりだった思えるのは……遠くない日にあったのだった――。




