『入れてはならない一歩』
『それで?その子たちとは、仲良く出来たのかしら?』
「……ううん。仲良くは無かった、と思う」
『あら、どうしてかしら?仲良く友人としての生活を送っているような流れだったと思うけど?』
「それは話を聞くだけなら、そうとしか考えられない。けど現実は違ったよ。特にあの場所では」
そう。あの場所、特にあの孤児院が異常だったのかもしれない。
途方に暮れていた私を拾い、知らない男が紹介した孤児院だ。
その一部だけを聞いてしまえば、悪い方向へ捉えるのが普通だろうと思う。
ましてや現実問題、それは限りなく正解に近い事が起きていたのだから――。
「おーい、早く起きたらどうだぁ?」
「よしなよ、レン。気持ち良く寝てるし、昨日は訓練だったから疲れてると思うよ?初めてだったと思うし、仕方が無いよ」
「そんなのはカンケーないだろ?朝になったら起きる。それはここでのルールだろ?」
「それはそーだけどぉ」
「…………」
何やら話し声が耳に入り、ぱちりと目を開けて起き上がる霧華。
わざと寝返りをしている所為で、目を開けている事は彼らにはバレていない。
相手をするのも面倒だし、何を話して良いか分からない。
そんな霧華は再び目を瞑って、このまま寝た振りをする事にしたのだった。
「でもさぁ、早くしないと訓練の時間に遅れるぜ?」
「……(訓練、あぁ昨日やった、あれかな?……)」
霧華が思い出しているのは、昨日の朝から行われた体術訓練の事である。
この孤児院では自分の身を護れるようになる為、シスターとその他の者が体術を教えている。
それは生きる上で必要な事だと言って、そこで暮らしている子供たちは従っている。
「でも参加は強制じゃないし、初めてなんだから無理に起こさなくても」
「甘い、甘いよユキは。生きるには強さが必要な事だって、シスターも言ってただろ」
「……」
肉体的強さが生きる為には必要……これは別に間違いじゃない。
ましてや霧華たちは子供で、大人に権力や暴力を振るわれれば勝ち目は無いだろう。
その点を考えれば、肉体的に強さを磨く事は決して間違いではない。
「……ん」
「あ、起きた」
「やっと起きたかよ。ほら、早く行こうぜ」
この頃の霧華も、その事に関しては反論する気も無かっただろう。
だがこの数日後、霧華たちは強さだけでは生きられないという事を実感するのであった――。
◇◇◇
自分自身に向けて過去の話をしている間、霧華が標的としている彼女。
バスタオル一枚のままという羞恥心の無い格好で、彼女は自分の携帯を手に取った。
「はい、もしもし?」
『よぉ美久、元気か?久し振りだな』
「ホントに久し振りだね?今日はどうしたの?」
『いや、ちょっと気になった事があったから連絡しただけだ。一つ聞きたいんだけどさ?』
「うん?」
彼女は、通話相手の声を聞き逃さないようにドライヤーの電源を切る。
その通話相手の声色はとても真剣で、大事な話という空気がしていたからだ。
だが彼女は知らない。今から聞かれる事は、彼女にとって命運を懸けた問い掛けだという事を――。




