『少女は、獲物を逃さない』
真っ暗な室内。左右に揺れるロウソクの灯。
チクタクと針を刻む時計の音。その微かな静寂に包まれた部屋。
その部屋で、霧華は一人で手作業をしていた。
「…………」
何も考えず、何も迷いの無い流れ作業。
そこから感じられるのは、手馴れたものではなく機械的にも感じられる。
ただ一つの事を学び、それ以外はほんのおまけでしかない。そんな空虚な瞳だった。
「霧華、もう寝る時間ですよ?」
「マスター……もう少し手入れをしても宜しいですか?」
「前準備をしていたのですね。――良く手入れされてますので、それで十分だと思いますよ?」
「……分かりました。それではマスター、御休みなさい」
「はい。ゆっくり御休み」
手入れしたそれを白い布を上に並べ、霧華は無音にその部屋を出て行く。
残ったジェシカは、その手入れされたモノを指でなぞる。
「残るはあと二日……あの子は、これを使うつもりなのかしら?」
彼女は一人でそう呟き、なぞっていたそれを持って片手間に弄ぶ。
その弄んだモノを壁へと投げ、まるでダーツのように突き刺して微笑むのだった。
◇◇◇
白皇学園に通い始めて、総合すれば一週間が経過している。
そろそろ自分の立ち位置が身に付いて来た頃だと思うのだが、周囲の人間から私はどう見られているのか。
などという疑問など、考えた先で一分も持たずに自己解決してしまう。
なぜならそれは簡単な話だ。――私には、そんなものは必要ないという結果で終わる。
疑問を疑問で埋める暇だと与えない。興味の無い物に対して、擬視感を抱いても無駄な時間で終わるだけだ。
それだというのに……。
「霧華さん、本日のお昼休みご一緒しても宜しいですか?」
「……?……勝手にしたら?わざわざ許可取る事でも無いと思うわよ?」
「いえいえ。もしご一緒を許されても、沈黙で終わってしまうなら望まれてなかったという結果になってしまいますから。私は一度、このように聞く事にしているのですよ」
「……そう」
興味もない話題に、くだらない思想を聞かされた気分だ。
ここは食堂で、誰もが共通で利用する事が出来る場なのだから、許可なんてものは要らないだろう。
それなのに何故、許可を……それも何で私なのだろうか。
「ねぇシルヴィアさん、貴女は他にお友達は居ないのですか?」
私は珍しく気になった事を、気づいた時には投げていた。
自分でも何故そのような質問をしたのか知らない。だけど、ふと思ってしまったのだ。
そして声に出して、言ってしまったのだ。無意識のままに。
「お友達ですか?居るとは思いますけど、私が個人的に、そして勝手に思っているだけなので。もしかしたら、本当にお友達という存在は居ないのかもしれないですわね」
「……私は?」
「霧華さん自身が、そう望んで頂けるのなら――私はとても嬉しいですわ」
両手を合わせて、ぱぁっと輝く笑顔が浮かぶ彼女。
その笑顔は太陽のようで、とても眩しいぐらいだったのを良く覚えている。
でもそれは、ただの幻想でしかないのに。
未来予知のような映像が、自分の頭の中で再生されていく。
それは彼女の顛末であり、これから起きるであろう出来事の映像だ。
「でもお友達って、許可とか願ったりして、作るものなのでしょうか?」
「そうですわね。でもそれでもし、『気づいた時にはお友達』という考えが生まれているとしたら、私と霧華さんは、『紛れも無いお友達』という事になるのでしょうか?ふふふ」
「嬉しそうね」
「ええ、私は霧華さんの事慕っていますもの。それも一人のお友達として、確実に」
その言葉の裏には、『信用』『信頼』『純情』といった物が入っているのだろう。
それは彼女にとっての本意であり、彼女自身が生み出した意志表示だ。
私は何も考えず、何も思う事も無く、一言だけ答える事にしたのだった。
「そうね。私も、そう思っていますよ。貴女を良いお友達と。だからずっと、一緒に居ましょうね?これから」
その言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに微笑みの表情を浮かべるのだった。
明日になれば、すぐに終わる。全てが終わるという事も知らずに――。