『存在しない者』
私は『霧華』と名乗ると言う事は、この身体にそのブランドが付く事だ。
この身体のまま『霧華』と名乗れば、その名前がずっと未来にまで影響を及ぼす。
つまりはそういう事を言いたいのだが、上手く伝える事が私には出来ない。
「……」
「どうしたの?キリカさん」
「――なんでもない」
少し考えてみたが、自分の過去を改めて振り返った事が無い。
そもそもの話ではあるが、自分の事を誰かに説明した事なんて一度も無い。
それに私は、『私』という固体の説明が出来るとは思わないのである。
「前に何をしていたか。それは知りたい事なの?」
「友達の事を知りたいと思うのは普通だよ。何が好きなの?とか、普段は何をしてるの?とか」
「そう。……なら、少し待って」
「……話したくない事なら、無理しなくて良いよ?」
「多分、大丈夫。私は、偽物だから……」
そう言って標的である彼女と別れ、浴室でシャワーを浴びた瞬間だった。
私の意識は途絶えて、目の前の景色との接点を絶たれて真っ暗になるのだった――。
――わたしは、わたし。そして、彼女もわたし。
何を言っているのかと思われるかもしれないが、これが事実なのだから仕方無い。
説明を求められても、わたしはわたしの存在を説明する事は難しくない。
難しくは無いのだけれど、わたし自身を差し置いてわたしを説明するのはお門違いだろう。
「……キリカ・レイフォード。それが、あなたの名前」
「そう。わたしはキリカ・レイフォード。そう名乗った方が、マリアが苦労しないと思うわ」
「…………」
「どうしたの?そんなに警戒しなくても、わたしはマリアに危害は加えないわよ」
「警戒をするな、という方が無理だと思います。そもそも、あなたは何者なのですか?」
「『貴女は何者なのですか?』ね。他人行儀で悲しいわ。わたしはマリアの事を他人と思っていないのに、何て悲しい現実なのかしら。ふふふ」
わたしが笑みを浮かべると、何故か彼女はこちらを睨んで見ている。
警戒しているのか、それともわたしを敵だと認識しているのかは分からない。
だけどこの場所に居るだけあって、警戒心が強くて用心深いと褒める所だ。
「敵と認識するという事は、マリアはわたしの存在を現実に受け止めたという事になる。その時点でマリア……わたしはマリアを攻略したと言っても良いのが現状よ」
「どういう意味ですか、それは」
「単純な話よ。わたしという存在は、本来は存在しないの。でもマリアはその存在と話し、警戒し、様子を伺っている。それは『キリカ・レイフォード』というブランドを認識した事になる。わたしが記憶に留まる事が出来て、その存在を現実世界に溶け込ませる一歩となるのよ。まぁ言っても分からないかもしれないけれど、あえて言わせて頂こうかしらね」
わたしは立ち上がって彼女に近付き、頭の上に手を乗せて呟くように言うのだった――。
「……ありがとう。ふふふ」




