『少女は、偽装する』
白皇学園というのは、些か出過ぎた名前だと思う。
別に他意はないのだけど、それでもこの学園に皇というのは相応しくないと思う。
そう、思ってしまうのだ。ここはあまりにも……。
「霧華さん、行きましょう?」
「はい。次は体育でしたね、すぐに準備致しますわ」
――ここはあまりにも、平和過ぎる。
「この学園って、いつ頃からあるのですか?」
「そうですね……歴史のある学園だとは聞いていますが、私もまだ一年ですから詳しくないのです。お力になれなくて、申し訳ありません」
彼女は正直者という性格なのだろう。そして表情豊かだ。
自分に無い物を、全て持っているのが少し――いや、少し何だろうか。
ちょっとモヤモヤするこの気持ちは、何だろうか?
「…………」
「シルヴィアさんは、授業に参加はしないのですか?」
体育館の端で、体育座りをしている彼女。
その彼女が何故参加しないのかが気になり、気づけば声を掛けていた。
何をしているのだろうか、私は。何がしたいのか、よく分からない。
「あぁ霧華さん……いえ、少々諸事情がありまして、体育の授業のみを欠席にさせていただいてるのです」
「諸事情?ふーん……」
どういう理由かは知らないし、興味もない。
だけど何故なのだろう。いつも笑顔な彼女が、ここまで沈んでいると余計に気になる。
この無性に腹が立ち、ぎこちない空気は何というか――落ち着かない。
「ではシルヴィアさん、私とお話をしてくれませんか?」
「え?」
私はそう聞くと、戸惑ったように目をぱちくりさせている。
「どうしたのですか?私とお話は、嫌でしたでしょうか?」
「あ、いえ、とても光栄なのですが――何故、私とお話を?」
そんなの、私が聞きたいぐらいだ。
でも落ち着かないのだ。それならばこの感情を払拭する。
その為ならこれが最善だという判断。ただそれだけの事である。
「私でよければ、話を聞けると思ったからでしょうか。いつも明るい貴女が、そこまで悩むのは相当な事です。だからとは言いませんし、確証もありません。ですが、自分で思い詰めるよりは良いと思います」
「霧華さん……。ではお話を聞いていただけますか?」
「ええ、もちろん」
こうして私は、興味も無かった話を聞く事にした。
体育の授業中という事もあり、他の生徒の邪魔にならないような場所へと移動する事にする。
端のまた端……誰もこれならば近づいては来ないだろう。
「それで、悩みとは何なのでしょうか?」
「はい。それは、ですね――」
彼女はそこで言葉が止まり、しばし考えるように目が泳ぐ。
話していいものか、話さないようにするべきかと悩むように。
読心術の心得は私には無いが、それでもそう悩んでいる事ぐらいは分かった。
「話し辛いなら、無理強いはしないですよ。ただ抱え込む事をオススメしないだけなのですよ?」
「話し辛いなんて、そんなこと……思ってはいません。私はただ、霧華さんに迷惑を掛けてしまうという事を恐れているのです。変に巻き込みたくは無いのです。決して霧華さんと話すのが嫌では……」
「そんな必死にならなくて良いですよ。話すまでここに居ますから、自分のペースでどうぞ」
そう言うと、深呼吸が小さく聞こえて来る。
悩みを話すだけなのに、彼女は何をそこまで思い詰めるのだろうか。
あぁ、でも――先ほど、その理由を言っていた。
『巻き込みたくない』だったか。それは無理な話ではある。
他人が他人を巻き込まない事など、間接的には不可能な行為だという事なのに。
「私の家は、華道の家元なのですよ」
「華道?あぁ、確か授業でもありましたね。その家元という事は、シルヴィアさんはその跡を継ぐおつもりなのですか?」
「将来的には継ぎたいとは思っています。近々、その華道の試験があるのですよ。その結果で、どの家が華道の中心になるかという事が決まってしまうのです」
なるほど。家元同士の派閥争いのようなものだろうか。
どこか華道としての名門として、名を売るかという話の事だろう。
どの国でもあるのだなというのが、率直に感じた感想だが――それが何だろうか?
「それでシルヴィアさんは、何に悩んでらっしゃるのですか?継ぐ意志があるのなら、やり遂げようと努力しているのでは無いですか?貴女は真面目な方ですから」
「努力はしているつもりです。ですが……最近、上手く行かないのです」
「それで自信が無くなってしまったと?そういう事でしょうか?」
「……はい。恥ずかしながら、そういう事です」
――なるほど。
つまり彼女は、その華道の名門を決める試験に受ける圧力。
そのプレッシャーに負けているという事だろう。
そんなに思い詰めるぐらいなら、辞めてしまえば良いのに……。
「私で良ければ、お手伝い致しましょうか?」
「霧華さん、華道の心得がお有りなのですか?!」
「心得という程ではありませんが、第三者の意見を聞いて、客観的な指摘が見つかるかもしれませんよ?という話です。私には、見様見真似で得た知識にしかありません」
「それだけでも嬉しいですわ!ぜひ、ご教授していただいても?」
「ええ、分かりました。では放課後、華道部の部室をお借りしましょう。それとシルヴィアさん?」
「はい、何でしょうか」
「この学園の生徒ともあろう者が、身を乗り出して手を握って来る。というのは、淑女としてもいかがなものかと思いますよ」
「――っ?!」
私がそう告げた瞬間、自分の手元を見た彼女は真っ赤になった。
慌てて離して、ペコペコと謝罪を繰り返した所で鐘の音が響いてきた。
そのまま私は、彼女と共に教室へ戻るのだった。
だがその道中、私はあの人に言われた言葉を思い出していたのだった。
机の中に隠したあの一枚の写真の存在。
その写真には、彼女――シルヴィアが写っていたのだった――。