『少女、日本へ飛び立つ』
唇の中で少女の舌が、口の中を這いずっていく。
舐められ、吸われ、息をするのが困難になる程に感情を押し付ける。
彼女……マリア・スカーレットはこの日から、私の妹のような存在になったのである。
「……っ。いつまでするつもり?」
「はぁ、はぁ、はぁ……勿論、私が飽きるまで」
「それだとずっとするつもりじゃないの?」
「あ……バレましたか?」
彼女はそう言うと、改めたようにメイド服のスカートを摘んで頭を下げた。
元々、中途半端なお金持ちの家で生まれた彼女。その一礼は清々しいモノを纏っていた。
「ではお姉さま、朝食は食べますか?ジェシカ様から伺っている予定では、お姉さまはこの後に仕事があると伺っています。すぐに出発する準備を致しますか?」
「すぐに出る。マスターは?」
「もう出掛けました。なんでもパーティがあるとかで」
「そ。……あとその話し方、マスターに習ったの?」
「はい。この方がメイドらしいからって教わりました!えっと、お姉さまはこういうのお嫌いですか?」
「……どっちでもない」
私はそれだけ答えて、用意された服に着替える。
そう思ったのだが、用意された服に首を傾げる事になった。
それは仕事用という事だと思うが、どう見てもどこかの制服にしか見えない。
「これが仕事用の服……と生徒手帳にパスポート……」
「どうかしましたか?お姉さま」
私は気になって、今回の仕事の内容を聞いてないかを問いかけた。
彼女が知っていれば、その内容を聞けるかもしれないと思ったからだ。
そして案の定、彼女はその内容をあるがまま私に伝えたのだった。
「――はい、知っていますよ。今回の仕事の舞台は、日本だそうですよ。お姉さま」
「日本……か。分かった」
「お姉さま?」
私はパスポートを眺め、自分の気だるそうな表情を見て考えていた。
日本に行く事になるとは思わなかったし、そんな機会が来るとは思わなかった。
でもこれは良い機会かもしれない。私にとって、私自身を知れるから……。
◆◆◆
「ジェシカ、本当に良いのかい?」
「何がかしら?」
少年はワイングラスを持った彼女に問い掛けたが、何食わぬ表情を浮かべて答える。
そんな彼女の笑みを放置して、少年は自分の意見を彼女に投げる。
「何が、じゃなくてさ。霧華を日本に送り込んで良かったのかって聞いてるんだよ」
「問題は無いでしょう。あの子の中には私しか居ませんし、私からは逃げる事は出来ないように鎖を付けていますから」
「それは一時的な催眠効果でしかないし、その洗脳が長く続くとは思えないのだけど……」
「偉く今回は意見を言いますね。何か心配事でも?」
彼女は目を細めて、少年へ問い掛ける。
少年は睨むようにその視線を返し、殺気を混ぜた空気を包んで言った。
「――霧華はお前の人形じゃない。いつか後悔するぞ、お前」
そんなやり取りが行われている間、少女は鉄の翼を持つ鳥へと乗る。
そしてこの先、少年が予想していた通りの結果になる事を彼女は知らないのだった――。




