『少女は、安らかに眠る』
太陽の光が雲の切れ間から差し込み、霧華の寝転がる場所へと当たる。
寝ている顔に照らされているが、微動だにせず寝ている。
「すー……すー……」
木陰で寝ている霧華の横に、猫がわらわらと寄ってきている。
みゃーみゃーと鳴いていても、その霧華は気づく事はない。
そこに近づくもう一人の少女。彼女はしゃがんで霧華を揺らす。
「……霧華さん?起きて下さい」
「んんっ……」
霧華は寝返りをしながら唸っている。
そのまま起き上がるが、目を擦ってボーっとしている。
「うぅ……眠い……何してるのですか……」
「お時間ですよ?そのままですと、授業に遅刻してしまいますわ?」
眠いという事を我慢しながら、霧華は少女に引っ張られて歩く。
引っ張られるがままに進み、校舎の中へと入っていく。
そこは、名高い生徒しか通わない学園。
華やかな庭園があり、通う生徒には気品がある空間である。
「そんなに引っ張らなくても歩ける」
「駄目ですわ。霧華さんは、隙あらば眠るようなお方ですもの」
この学園の名は『白皇学園』といって、一般の生徒が通う事は無い。
家柄に沿った者や何かの事情で、この学園に通っている生徒も多い。
ただ共通点があるとすれば、この学園の生徒はみんな――箱入り娘に近いようだ。
「はい、着きましたわ。先生、霧華さんを見つけて来ましたわ」
「有難う御座います。シルヴィアさん。では皆さん――全員揃った所で、授業を始めましょう」
その合図で、教室の空気は一変する。
霧華が着いた時にざわついていた空間は、逆転したかのように静寂に包まれる。
英才教育を施す厳しさもあり、生徒全員がそれに誇りを持っている様子だ。
この学園から卒業した生徒の中で、政治家などになろうとする者も現れるだろう。
♪キンコーンカーンコーン……。
鐘が鳴り響き、午後の授業が終わりを迎える。教室内は窮屈で、肩が凝ってしまう。
それほどの退屈さといえる。ただ……放課後になれば別である。
「ただいま帰りました、マスター」
「おかえりなさい、霧華。潜入は上手く出来ているかしら?」
「霧華が怪しまれていないので、上手く出来ているかもしれません。けどマスター、霧華は退屈です」
「あらあら。もう少し待っていてちょうだい?あと少しで特定出来ますから」
「はい。マスター」
霧華は赤いドレスの彼女に抱き着きながら肯定した。
彼女は霧華の頭を撫でながら、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「ふふふ……もう少し、もう少しですよ。貴女が動くのは……ふふふ」
その笑みは暗がりに消え、霧華は一人で暖炉の点いた部屋で眠るのだった。
◇◇◇
少女は安らかに眠る。それはまるで赤子のように。
でもその容姿はあまりにも幼い代わりに、その少女は何も知らない。
何も知らないという事は、何も知る事は出来ていないという事だ。
「ジェシカ様、先程お電話が……」
黒いスーツの男が、扉越しにそう伝える。
彼女は少女を起こさぬようにベッドへ寝かせ、その部屋を音も立てずに出て行った。
「――そう、私たちに付き纏う虫の居所を掴んだのね?」
「はい。ですが少々厄介な場所にいまして、潜入するにはあまりにも」
「では何か手段を持ち込んだのではなくて?何も手段を選ばないのが、我々のやり方のはずよ?」
男は一枚の写真差し出し、口を開いた。
ジェシカは嬉しそうに笑みを浮かべ、その写真に写っている者を見た。
「分かりましたわ。この件は私に任せて頂きますわ。貴方はネズミが逃げないように、監視をお願いね?」
「畏まりました。ジェシカ様」
男は暗がりに消え、彼女はニヤニヤしながら部屋の中へと入る。
穏やかな寝息を聞くが、もうその必要は無いと悟った。
彼女は少女の髪を持ち、無理矢理に起こし始めた。
「……いっ、マスター?!なにを、するのですかっ?」
「さっさと起きなさい。仕事の時間よ、キリカ」
髪を引っ張り、少女は乱暴に扱われる。
先程の優しさなど面影もなく、彼女は笑みを浮かべて少女を床に叩きつける。
「……マ、マスター、いったい何を」
「大人しくしていなさい?貴女の中に眠る獣に目を醒ましてもらうわ」
彼女が持つのは注射器だ。その中には、何かの薬品が注入されている。
少女はその針を見た瞬間、瞳の中にある光が徐々に消えて行った。
そして、まるで人形のような言葉を並べるのだった。
「……仕事でしょうか。マスター」
「いい子ね、キリカ。ええ、そうよ。――貴女にはやるべき事があるの。この子、知っているかしら?」
彼女は先程もらった写真を見せ、そんな事を聞いた。
虚ろな瞳をしている少女は、ただ静かに頷いてそれを肯定した。
その反応を見て、彼女はまた小さく笑う。
「ではキリカ?その子を三日以内にこの世から消しなさい。これは私たちの為、そして貴女の為でもあるのよ」
「……きりか、のため?……分かりました。この者の消し方は、何でも宜しいのですか?」
一枚の写真を受け取り、少女は問いかける。
彼女は少女を抱き締めて、頭を撫でながら耳元で囁く。
「そうですね。ではこうしましょう。人間が恐怖に震える表情、それを出させて御覧なさい?」
「はい、マスター」
「期待していますわよ、キリカ」
彼女が耳元でそう囁くと、まるで糸が取れた人形のように少女は倒れた。
その少女を再び抱え、彼女はまたベッドへと運んだ。
白いシーツを覆い被せ、何も無かったかのように眠る少女。
彼女は眠る少女の髪を分け、起こさぬように額に口づけをした。
「おやすみなさい。私の可愛い霧華」
そう言って、彼女は近くで明かりを灯すロウソクを吹き消したのだった。