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【完結】奴隷少女は、笑わない  作者: 三城谷
第二章【可愛らしい獣は、毒の牙を隠す】
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『憧れを抱き始めて』

 『本当の彼女』そんな事を言われたら、私は見たくないとは言えない。

彼女は私の事を拾い、何も否定する事なく家に招いてくれた。命を救われた。

そんな命の恩人の本当の姿……それはいったいどんなものだろうと思いながら歩く。

彼女の主人である、目の前の背中に私は着いて行くのだった。


 ◆◆◆


 ずっと……嫌いなものがあったのを覚えている。

だがそれはもう薄れていて、逆に好きなものが目に入ると気分が高揚する。

今ではもう、それは私の衝動となって身体を動かしていく。


 「ぐぅ……わ、私の腕がっ……」

 「歩く死体。そう思ったのは私の間違いだった。これ、ただの人間だ」


 目の前で蹲るそれは、写真に写っていた男だ。

名前は『ヒューズ・スカーレット』といい、彼女の実の父親だ。

ニュースでは死んだと思っていたけれど、恐らく現場から移動したのだろう。

あの時ブルーシートに巻かれていたのは、誰だかは知らないが……。


 「お、お前は誰だ。マリアは?私のマリアはどこに……っ!」

 

 そう言った途端、動きを止めて私を見てくる。

いや違う。この視線は私に向けられたものではない。その奥に何が……。

あぁ、なるほど。その『マリア』が来たからか。


 「ほら、マリア。帰ろう……私たちの家に……さぁ、マリア」

 「い、いや、来ないで下さい」


 元々彼女は家出をしてきた少女で、その理由がどうであれ親の元に返すべきだ。

私は保護者ではないし、そもそも人一人の人生を左右する事なんて出来ない。

横を通るヒューズは彼女に手を伸ばし、彼女はマスターの後ろへと隠れる。


 「――その汚い手で、ジェシカに近寄らないで欲しいな」

 「っ!?……私はただ、自分の娘を」

 「僕にはそんな事関係ない。ただその子はジェシカを求めたし、その子もあんたの元へは戻らない様子じゃないか。なら僕は、ジェシカが決めた事を遵守するだけだ」


 あんな彼の目は、今まで見た事なかった。

いつもニコニコとしている表情ではなく、全てを殺しそうな圧力を持った瞳。

だからマスターは、近付かれても動かなかったのだろう。彼が動くと知っているから。


 「マリア・スカーレット?ここで選択しなさい。貴方が私の元で働くか、また彼の居る生活に戻るのか。二つに一つしか、生きる道はありません。キリカ……」

 「はい」

 「――これを飲んで、戦ってみなさい」

 「……っ」


 マスターが私に出したのは、二粒の錠剤。

その錠剤を目にした瞬間、マリアの表情が強張るのが一瞬見えた。

だがそれはどうでもいい。マスターが飲めと言ったのだ。私は飲むだけだ。


 「分かりました。マスター……ゴクッ」

 「……っ」

 「では行って来ます。貴方は退いて、私に殺らしてくれるんでしょ?」

 「はいはい。僕は元々戦う気なんてないよ。だけどキリカ、次は無い。近づけさせたら、君であろうと殺すから。そのつもりで」

 「分かった」


 言われなくても……それは分かっている。

私はただ、マリアがどう思っているのかを見たかっただけだ。

行きたくないと言うなら、保護するというなら私はそれに従うだけ。

そう思いながら、私は再び短剣を構えて標的を見据えるのだった。


 ◆◆◆


 深い霧が出てきた夜道の中で、少女はその手に持つ凶器を振るう。

片腕を失った標的は、ただひたすら避けて逃げ惑うのみ。

その二人の様子を見る少女、マリア・スカーレットは目を見開く。

霧華と呼ばれるその名の少女の姿は、彼女の視界の中で赤い華を咲かせている。

マリアはそれに魅了されていき、心の中で彼女がこう呼んだ。

『お姉さま』と――。


 「……ジェシカ、僕はそろそろ君の頼まれた依頼を終わらせてくるよ」

 「ええ、お願いね。標的は分かっているの?」

 「あぁ、それなら大丈夫。標的と僕、顔見知りだから」

 「そう。なら頼んだわ」


 そんな憧れを抱き始めた少女の横で、小さく交わされた言葉。

少女には届かなかったが、少年はその姿を霧の中へと消していく。

ジェシカは口角を上げて少女へ手を伸ばし、今度は彼女に聞こえるように呟くのだった。


 「――そろそろかしらね」

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