『少女の中の少女』
人形の修理を終えた霧華は、朝食を取る前にある準備に取り掛かる。
それは依頼に必要な事であり、自分自身を解放する準備でもあるのである。
霧華は服を脱ぎ、浴室でシャワーを浴びながらその行動に移す。
「…………」
霧華は目を細めて、自分の腕へと視線を流す。
そのまま前以って持ってきた注射器で、自分の腕へと突き刺したのだった。
そして霧華は目を瞑り、ゆっくりとその瞳を開けて鏡を見る。
その瞳はケモノの如く、まるで獲物を捕らえようとする眼が鏡に映っていたのである。
「――そろそろ時間ね」
「お姉ちゃん?もう出掛けるの?」
浴室を出てドレスを着た所で、霧華はマリにそう声を掛けられる。
霧華の人が代わったような瞳を見て一瞬怯えたが、すぐに落ち着いて持っていた紅茶を差し出す。
入れたばかりなのか、まだかなり温かく湯気が出ている。
霧華はそれを手に取り、何も考えずに一口で飲み干して言った。
「……ゴクッ。ありがとう、マリア・スカーレットさん」
「え……?」
霧華は小首を傾げながら、マリの横を通り過ぎて外へと出て行った。
取り残されたマリは、彼女が放った言葉に疑問を抱くのであった――。
◆◆◆
「随分と遅かったじゃないか。10分の遅刻だよ、霧華」
「あら、そうかしら?でも良いじゃない、ちゃんと来たのだから」
そう言いながら、私は彼の腕へと自分の腕と身体で巻き付こうとした。
だがすぐそれに気付き、彼は溜息を吐きながら片目を瞑って言った。
「……はぁ、全く。君は油断もスキも無いね。霧華じゃなく、キリカだろ?君は」
「あら、気付いていたの。残念。もう少しで貴方を殺せたのに」
私は手元でナイフを散らし、切っ先の背の部分に唇を当てる。
やれやれと言わんばかりに彼は手を上げ、やがて目を細めて彼は言った。
「――さ、行こうか。仕事をしに」
「そうね。今回の依頼は、ただの捜索任務だったしね。私が出て来なくても良かったんじゃないかしら。……あぁでも、戦闘行為が必要になる可能性を『彼女』は考慮したみたいね」
「当然の行動だと思うよ。警戒するに越した事は無いよ。前準備をして、後悔する事なんて滅多に無いだろう?むしろ用意周到に事が運べるよ」
「そう上手く行けば、の話でしょ?それで、誰を探すんだっけ?」
私は身体の後ろに腕を回して、自分の手を握って伸びをしながら問い掛ける。
彼はその問いに即答するのだが、私はその名前を聞いて首を傾げるのだった。
「……あぁ、これが標的の写真だよ」
「どれどれ。……??」
私は写真を受け取り、首を傾げる。
その顔と名前には、見覚えがあったからである。
――ヒューズ・スカーレット。
そう確かに、写真の下に名前が記されていたのであった――




