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【完結】奴隷少女は、笑わない  作者: 三城谷
第二章【可愛らしい獣は、毒の牙を隠す】
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『その感情の行き先は?』

 カチカチ、カチカチ……。

真っ暗な闇に染まった部屋で、少女はただぬいぐるみを眺める。

虚ろに、空虚に、空っぽに……。

足元に転がるぬいぐるみは、中身の綿が出てきて、無様な姿になっている。

少女はただそれを眺める。

カチカチと音を立てて、糸が切れて項垂れている人形のように佇む。


 「…………」


 そして次の瞬間、少女は持っていたカッターを逆手に振り下ろす。

真っ直ぐに、迷いも無く……。

ただの一言も口にせず、ただただ振り下ろすのだ。

その人形に付いていたネームプレートが、衝撃に耐え切れずに外れる。

そこに記されていた名前には、『マリア・スカーレット』と書かれていたのだった。


 ◆◆◆


 「何でこんなボロボロに?」

 「外に出てみたら、転んじゃって。お姉ちゃん、直せる?」


 陽の光が差し込む屋敷の中で、朝早くから起きた私はそんな事を頼まれていた。

それはボロボロになったぬいぐるみの修理が出来るか否か、という事だった。

裁縫はあまり得意ではないが、ひと通りの手作業はあの人に学んでいる。

だから出来なくは無いが……。


 「不恰好になってもいいの?あまり裁縫は得意ではないのだけど」


 否定させてこの場を断るつもりだったが、それは甘い考えだったようだ。

彼女は何も迷わずに頷いてしまった。

この場を流す為の方便だったが、どうやら彼女には通用しないようだ。

ここは観念して、このぬいぐるみを直すとしよう。


 「裁縫道具を持って来るから、貴女は朝食でも済ませて?多分、時間が掛かるから」

 「はい!ありがとう、お姉ちゃん!」


 彼女はぱあっと明るくそう言った。

今まで死んだ魚のような瞳をしていたのに、それを感じさせない笑顔だ。


 「何か手伝う?」

 「大丈夫。貴女は朝食を片付けてくれる?――今日は帰って来るから」

 「ん?」


 彼女に聞こえない呟きで、私は今夜の楽しみを口にする。

喜怒哀楽の表現が疎くても、それを感じる事は出来るようにはなった。

昔の私では、恐らくはこうなる事は無かっただろう。

これもあの人の教育のおかげだ。


 「どう直そう。随分と派手に破けてる。中身も出ちゃってる……?」


 ぬいぐるみを持ち上げてみると、微かな重みを感じるのだが……違和感がある。

人形にしては、重みがあるように感じる。

中身がほとんど出ているのに、ここまでの重量感は違和感が強すぎる。

まるで、鉄球でも持っているようだ。


 「…………」


 修理の様子を見ているのだろうか?

背中に視線を感じるが、手元に集中しなければ怪我をするだろう。

このまま私は、作業を続ける事にした。


 ◆◆◆


 霧華が感じた視線の通り、少女は彼女の様子を眺める。

手元に集中している姿を眺めているが、その瞳は虚ろで細い目をしていた。


 「…………(この人は、恩人だ。だけど、危ない匂いがする。――パパとも、ママとも匂いが違うけれど。でも、危ない匂い)」


 マリは、自分の服の袖から出る物に視線を移す。

朝食を片付けている途中だが、これを飲み物に混ぜたら、彼女はどうなるだろう。

そうマリは考えていた。


 「――出来たよ。マリ」

 「っ!?あ、ありがとうっ」


 咄嗟に掛けられた声に驚き、取ろうとしていた行動を中断する。

霧華はマリの隠した動作には気付かず、気にせずにぬいぐるみを差し出した。

マリはそれを受け取り、綺麗になった状態のそれを見て声を失った。

呆気に取られたと言ってもいい。


 「どう?前の方が良かった?」


 マリは小さく首を左右に振り、綺麗になった人形を強く抱き締めた。

嬉しさの中で、少女はそれを抱きながら奥歯を噛み締めるのだった――。



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