『黒服少女は蛇を纏う』
「相変わらず暗いねー、その服。もう少し良いのは無かったのかい?」
「選んだのは貴方、私じゃない。遠回しに自虐をするなんて、相変わらず変な人だね。貴方は」
深夜の中で、霧華と僕は街中を歩く。
紛れ込むように、溶け込むように……。
ただしその為には、僕ら二人のカモフラージュが必要になる。
「ねぇ、もう少し離れたいんだけど」
「あー、ダメダメ。君が嫌がって離れたら、カモフラージュにならないじゃないか。そんなのはナンセンスだよ!」
「ぐっ……いつか殺す」
物騒な事を隣で言ってくる。
だがしかし、嫌々ながらも僕の腕にぴったりとくっ付いている。
任務だから、という建前を脳内で再生している所だろう。
別に気にする事でも無いのだけれど。
「それで、今回の標的は?」
「いや、まだ詳しい説明をしていなかったね。今回は依頼主に会いに行くだけだ」
「ん?……だったら、この偽装行動はなんなの?」
「これはこれで必要だよ?何故なら今回の依頼主には、今から来るのは仲の良い兄妹という設定だからね」
「兄妹で腕を組むとかあるの?」
「日本にあるライトノベルっていう小説には、そういう作風がある作品は多いらしいからね。別に違和感は無いんじゃないかな?」
「貴方と私は、そこまで似ている訳じゃ無いと思うのはどうするの?」
どこまで兄妹という設定が嫌なのか、はたまた僕と一緒というのが嫌なのか。
いつになく話す霧華に僕は驚く。
改めて思うが、実は彼女はお喋りなんじゃ無いだろうか。
それか不器用という事だろうか。まぁどちらでも良いだろう。
これで、彼女への報告に付け足す事が出来る。
良い話が出来そうだよ、ジェシカ……。
『これはこれは、可愛らしいお客様が来たこと。さぁ、入って?』
「「はい」」
屋敷の前まで来た瞬間、僕と霧華は演技に入る。そして僕らの見た目は子供で、依頼主には伝達役という事になっている。
警戒されたとしても、相手は気を緩ませる作戦にしては十分だ。
「ルクメールさん、で間違いありませんか?」
『ああ、私がルクメールだ。君達が彼女の伝達役だというのかね?まだ子供では無いか。私も甘く見られたものだ』
「甘く見たとかは知りませんが、僕らは別に、遊びでここに来ている訳ではありませんよ。仕事で来ています。それはこの席に座っている貴方も同じ事でしょう?ルクメールさん」
こういう大人は、自主都合を基盤に動いている。だからこそ、完全なる自己意識を持って行動しなければ相手のペースになってしまうのだ。
それだけは、阻止しなければならない。
阻止しなければ、無理難題を押し付けられる羽目になってしまうからだ。
「無駄話をする必要はない。貴方が私たち、もしくは私の上に居る人達に依頼するには、それを省く必要がある」
そう思っているのは霧華も同じのようだ。
彼女にとっては、この時間から早く去りたいというのが優先かもしれないが……。
『お嬢ちゃん、そんな怖い目をしないでくれないか?私は別に、君達を否定している訳ではないのだが?』
「私たちを否定するという事は、完全にこの話は無かった事になる。だから無駄話をしに来たというのなら、私たちは依頼を受け取らずにこの場を去るわ」
『っぐ!?』
霧華は演技をやめ、いつも通りの無愛想を浮かべて冷たく言った。
立ち上がった所為か、上から見下す形になる。
その瞬間、その場の空気が締め付けられるような圧迫感に襲われる。
見える訳ではないが、恐らくルクメールには視覚化しているだろう。
霧華の素質。それは殺意を混ぜた威圧。
それは表現するなら、蛇に睨まれた蛙のような心境になるという事だ。
ルクメールには多分、身体全体に足から絡み付こうとする蛇が数匹見えているはずだ。
経験談……霧華を怒らせた場合、喉元を噛み付かれる。
『わ、分かった。き、君達を信用して、私の話をするとしよう。あぁ、するさ。だから待ってくれないか?』
立ち上がっていた霧華は、溜息を吐いてゆっくり座った。
どうやら話がスムーズになりそうだ。
やはり、彼女を連れて来て正解だったらしい。
正直僕には、彼女のような圧迫感を出す技量も器もない。
僕がするのは、痛みを伴う行動だけだ。
――こうして仕事の内容を聞く事が出来た僕らは、その内容を理解し受け入れる事になった。
だが少し気になったのは、その話をしている最中の霧華の様子。
話を聞いているにしても、何やら別の事を考えている様子だったからだ。
「君は一体、何を考えているんだい?さっき、何か違う事を思案していただろう?」
僕はそれが気になって聞いた。
だが霧華は、迷う事なくこう言ったのだった。
――貴方には関係ない、と。




