『失う命』
――カタカタカタカタ……。
複数のPC画面を見つめながら、現在位置からの脱出方法を算出していく。
狭い室内の端では、マリアが荒い息を立てながら汗を掻き始めている。
そんなマリアの様子を確認すると、霧華が焦った様子でキーボードを叩いた。
「っ……見つからない。このままじゃマリアが危ないのに!」
『諦めちゃ駄目よ。必ず助けるのだから、絶対に出口を見つけなきゃならないわ』
「分かってる。……けど、脱出経路が見つからないんじゃ話にならない。このままここで立ち往生したって、時機に入り口の補強も突破される」
そう言って霧華は、背後にある扉を見る。
そこには椅子やら鉄の板などで、補強されている扉があった。
見た目上では重みや頑丈そうに見えるのだが、それでも霧華は駄目と思っているのだ。
『なら時間稼ぎにしかならないわね。――身体も貸して』
「え?」
『思考だけじゃ、私の思考に貴女が追い着いてないわ。だから数分で良いわ。身体も貸して』
「……」
自分のもう一つの人格を疑う訳では無いが、霧華は悩み始める。
だがしかし、今は悩んでいる暇は無いという事も理解しているのだろう。
そして扉の状態と彼らの様子を予想すると、霧華は意を決して口を開いた。
「分かった。けれど数分間じゃなくて良い。可能な限り、貴女に託す。だって貴女も私だから」
『――っ、ありがと。恩に着るわ』
「うん」
短い会話を交わした末、霧華は小さく呼吸をして目を瞑った。
やがてゆっくりと目は開かれ、霧華はキリカとして行動を開始する。
「――さぁ、私の腕を見てなさい」
――カタカタカタカタ……。
素早いタイピング速度で情報を表示し、画面には複数のデータが表示されていく。
まるでハッキングでもしているのかと勘違いする程、そのデータ表示速度は凄まじい物だ。
そんなキリカとなった彼女の様子を微かに見つめながら、霞んだ世界の中でマリアは呟く。
「……さ、すが……わた、し、の……お、ねえ、さま」
小さく微笑んだ表情を浮かべたマリアの呟きは、内側に居た霧華の耳に届いた。
ハッとした霧華は、キリカとなっていた身体を強制的に自分の身体へとシフトしてしまった。
PC画面の数ヶ所では『エラー』が表示され、操作していたキリカは驚いた様子で霧華に問う。
『いきなりどうしたのよ!もう少しで出口がっ――!』
そう問い掛けるキリカの声は、霧華には届かない事を彼女は理解した。
自分の事だ。魂の形が違っていても、思想が違っていても分かる事はある。
霧華は、キリカの声を聞いていない様子で部屋の隅に移動していたのだから。
「マリアッ……マリアッ!!だめ、目を開けて、マリアッ!!」
マリアの身体を揺らし、芽生えたばかりの感情が溢れそうになる。
やがて目頭が熱くなり、大粒の涙が溢れて留めきれなくなってしまう。
そんな霧華の様子を霊体のように眺めるキリカは、悔しい感情を抑えるように奥歯を噛んだ。
「あぁ……マリアッ……っ、マリアッ!!ひぐっ――――――っっっ!!!!」
寝息の立っていないマリアを抱き締め、霧華は声にならない声で叫んだ。
マリアは微かに笑みを浮かべたまま、穏やかな表情のまま息を引き取ったのである。




