『開始の花火』
小さな身体にもかかわらず、少女は懸命に懐へと入ろうとしている。
だがしかし、ボクの距離に簡単に入らせるつもりは毛頭無い。
軽くあしらう程度で手を払い、少女を転ばせてこちらを見る視線を見下ろす。
「……っ」
「まだやる?」
擦り剥いた膝小僧の傷を治療する事無く、少女はムスッとした様子で再び構える。
見様見真似でしかない構えだが、なかなかどうして面白いなとボクは感じていた。
何故なら、こちらを見据える少女の視線には微かな殺気が込められているからだ。
死闘を繰り広げるつもりは未だに無いといっても、命のやり取りは嫌いじゃない。
彼女は面白い少女を拾ったらしい。ボクよりも少し小さい少女は、これは卵だと確信した。
もしくは原石だといえるだろうと、ボクはこの頃から感じていた。
「――……」
「随分と思い出に耽っていましたわね」
「そうだね。懐かしい夢を見ていた気がするよ」
怪我の治療を終えたボクの横で、手袋をチャキッと伸ばすジェシカ。
彼女は普段ドレスに身を包んでいるのだが、そこに華やかさは無かった。
あるのは黒く染まった魂の欠片。血の臭いに包まれた狩人の姿が現れていた。
「キミも出るのかい?」
「いけないかしら。私だって、この業界の纏め役をしているのよ?貴方だけに飾らせるなんて勿体無いわ」
「別に飾るつもりなんてボクは……いや、なんでもないよ」
小さく笑みを浮かべる彼女の視線に答え、ボクは手元でナイフを遊ばせる。
さっきは遅れを取ってしまったけれど、ここからは本気の殺し合いになるのは間違いない。
彼女が戦いのを見るのは久々という事もあるし、あの頃よりも強くなった少女も揃っている。
――役者は揃った。
始まりがボクら三人であるのであれば、終わりすらもこの三人で無ければならない。
途中参戦している者も居るが、そこは余興という事にして大目に見るとしよう。
「じゃあジェシカ、用意は良いかい?」
「ええ、いつでも」
カチャリと銃をコッキングする彼女は笑みを浮かべる。
ボクはそのコッキング音を合図にして、低い姿勢のまま銃を持って駆ける。
薄暗い通路であっても、ここから足を止める必要はもう無い。
立ち塞がる者は全て……滅するのみ。暗殺者として。
「部屋中に手榴弾なんか投げて良いのかい?」
「構わないわ。私に綺麗な花火を見せてくれるのでしょう?」
「勿論」
そう言いながら、ボクは走りつつも擦れ違う扉の向こうへと手榴弾を投げ続けたのである。
この騒動に乗じて、あの頃から強くなった少女が姿を現すと期待しながら――。




