『一つの存在に』
「本来の……私?」
「はい。本来のお姉さまです」
マリアの言葉を聞き、霧華は眉を顰めて聞き返していた。
それもそのはずである。自分は自分でしかないと分かっているのだ。
本来の自分などという状態など、霧華は想像した事も無いだろう。
「お姉さまの身体能力は優れていますが、逆に言えばそれしかありません。注意深さを持っていても、器用さを持っていても、他人と話す時だけは無駄に緊張しているように思います」
「……」
確かに霧華は、他者との関係を築く事が得意ではない。
だがしかし、霧華ではなくキリカであればそれは容易な事のように思えたマリアだった。
そしてそのマリアの考えは、酷く的を射ているような程に霧華には自覚があった。
「……確かに、あの私なら誰とでも戦える」
「いいえ、誰とでもは戦えませんよ。今、私の目の前にいるお姉さまは、いわば特化型の攻撃方法を得意とするお姉さまです」
「特化型?」
「ナイフや銃、体術に優れているという事です。実際問題、その三つで戦った方がお姉さまも楽なんじゃありませんか?」
「確かに楽だけど?」
楽なのだが、それで相手を倒せたら苦労はしないと霧華は思った。
そんな霧華の考えを見透かしたのか、先回りしてマリアは早々に言う。
「――でもお姉さまは、それだけを使って戦ったりはしない。用意周到と思える程に準備し、相手の事を調べてから対処をし始めるのがお姉さまのやり方です」
「……」
「ですが、もう一人のお姉さまは違う。もう一人のお姉さまは、飛び道具だけじゃなく周囲の物全てを利用して相手を倒す手法を用いります。そしてあのお姉さまと目の前に居るお姉さまの違いは、自分のやっている事に自信があるかないか。だと思います」
「自信が、あるか無いか?」
「はい」
どういう意味なのかと思いつつ、霧華は首を傾げながら思考を働かせる。
霧華は別にマリアの言葉を整理しつつ、周囲の様子も確認していた。
だが思考を働かせる霧華とは別に、マリアも霧華の手元にある薬品を見つめていた。
自分の手渡したブースタードラッグ。五感を全て増強し、身体能力の限界まで引き上げる薬品。
使い過ぎれば身体的にダメージが入り、脳に影響を与えてしまう可能性だってある代物だ。
「……お姉さま?そちらの薬品は、いつ使う予定ですか?」
「出来れば使わずに倒したいけれど、彼はそこまで弱く無い。だから、もしかしたら使うかもしれない」
「なら、お姉さまも弱くありません。それを私は、マリア・スカーレットは知っていますよ。ですからお姉さま、彼を倒した後にお願いがあります」
「お願い?」
「それは勝って戻って来た時に教えますので、今はご自分の事を考えて下さい。ではお姉さま、先を急ぐと致しましょ!」
そう言って部屋を出たマリアの背中を眺め、少し遅れてた位置で霧華も部屋を出たのだった。




