『微かに感じたのは鉄の匂い』
小さな身体の少女は、警戒するように視線を張り巡らせる。
周囲に何があるのか、物の配置はどのようなものかと、視界の中にある情報を収集していく。
この頃の霧華では、マリの隠れた才能を見抜く事は出来なかっただろう。
まだ洞察力や視野が狭い状態では、この時点での霧華では難しい。
だからではないが、霧華にとってマリと過ごした日々は、良い経験になっただろう。
「じゃあマリ、まずはお風呂に入ってくれる?私は部屋の掃除をしなくてはならないから、貴女のお世話をするのはまた後になるけれど……良い?」
「は、はい。も、勿論大丈夫です。というか気にしないで下さいっ。あ、でも、えっと……」
マリは言葉を探しながら、ぬいぐるみを強く抱き締める。
「け、けど、あの……そのお風呂の場所、何処にありますか?」
「…………あぁ、失念してた。どうも接客には慣れなくて、大事な手順を踏み忘れていたわ。今案内するから、着いて来て」
霧華は何食わぬ表情をしながら、口を開く。その表情は一回も変化はなく、マリはまるで人形と話しているのではないかと思い始めていた。
彼女がどういう人なのか、どういう「人間なのか」を気になり始めているのだった。
そんなマリの事は気にせず、霧華は自分のペースで家内を進んでいく。
玄関、リビング、キッチン、そして割り振られたように並ぶ部屋。
部屋には数字が記されていて、この屋敷の見取り図は間違いなく元旅館のようなものだった。
または相当な資産を持っていた者が、住んでいたであろう屋敷で間違いないだろう。
だが通路には電気を点けず、蝋燭の灯りだけがゆらゆらと左右に揺れている。
「――ここが貴女の部屋、で良い?」
「え?」
その声を聞いたマリは我に返ったが、案内された部屋を見て首を傾げた。
「この部屋、使って良いの?」
「何か問題でもあった?」
「ううん、そんな事無い」
寧ろ、今のマリには贅沢とっていい程の広さと充実感溢れる部屋だった。
そう思わざるを得ない程、家具もある広い部屋だ。今まで誰かが使っていたよう雰囲気がある。
「じゃあ……私は貴女の着替えを見繕っておくから、マリはお風呂に行っていて?」
「あ、はい。えっと……ありがとですっ」
マリはぬりぐるみを抱き締めながら、霧華の横を通り過ぎて廊下を走る。
その背中を眺める霧華は、彼女の背中が見えなくなるまで廊下に佇んでいた。
ほのかに香る匂いが、鼻をくすぐる。
その匂いを嗅いだ霧華は、考えるように自分の指を唇に重ねて口を開いた。
目を細めて、それを確かめるように……。
「これは…………血の匂い?」
そう一言だけ、霧華は一人で呟いたのだった。




