3. おばけ屋敷は大混乱
翌日の営業はみんなドキドキ。
ヒカルはいつもどおり、入口のちょうちんの中に入っていました。
でも今夜はいつもとちょっとちがいます。「ヒュ~ドロドロ」「うらめしや~」と言いながらも、いつゾンビパウダーを使っておばけらしく登場しようかとワクワクしていました。
急にちょうちんからおばけが出てきたら、お客さんはびっくりするはずです。そのままフワフワ飛んで、おばけ屋敷の中に飛び入りしてしまおうとヒカルは考えていました。
お客さんだけでなく、おばけ仲間も驚かしてやろうと気合十分。
「さて、そろそろ……」
ちょうちんの中でヒカルは大入り袋を取り出しました。そしてゾンビパウダーを頭のてっぺんから、ひとふり、ふたふり。
「あれれ?」
みふり、よふり。
ちっとも効き目がありません。
「もしかしてまだ足りないのかしらん」
えいとばかりに頭の上で大入り袋を真っ逆さまに。ドバーッとゾンビパウダーがこぼれます。心なしか少し暗くなったような気がします。
と、その時。
「クシュン、クシュン、クシュン!」
ちょうちんからくしゃみをする声が聞こえます。不思議がって群がるお客さんたち。
「クシュン、クシュン、クシュン!」
ヒカルがくしゃみをするたびに、ちょうちんがぶらんぶらん揺れます。ひとりのお兄さんがお客さんを代表してちょうちんを突っつきました。
――ツンツン。
その揺れがいけませんでした。ちょうちんの中のゾンビパウダーが再び舞い上がったのです。
「クシュン、クシュン、クシュン! ――ハックションッ!!」
――パァーン!
ちょうちんが破裂しました。モクモクと粉が舞い散ります。ちょうちんを突っついたお兄さんは粉まみれです。
……そう、粉まみれ。つまり、そういうこと。
お客さんの列から悲鳴があがります。
「きゃあー! ゾンビよー!」
「ゾンビだ! ゾンビが現れたぞ!」
「逃げろー! ゾンビがうつるぞー!」
あっという間に人がいなくなってしまいました。
残されたのは新米ゾンビのお兄さんと、ピカピカのままのヒカルだけ。
そうです、ゾンビパウダーを浴びたお兄さんは立派なゾンビになりました。そして、ヒカルの明かりが暗くなったように見えたのは、ただ粉が光をさえぎっていたからなのでした。曇りの日が薄暗いのと同じです。雲がなくなってしまえば晴れるように、粉がなくなればヒカルは元通り。
「あ、あの……ごめんなさい」
ヒカルはぺこりと頭をさげました。
でもお兄さんは自分のことで頭がいっぱい。ヒカルのことなんか目に入っていません。
「なぜだあ! なぜオレがゾンビなんかに! わあー!」
お兄さんは泣きながらおばけ屋敷の中へ走って行きました。とっさに走り去る先が暗闇だなんて、お兄さんがすっかりゾンビになってしまった証拠です。
おばけ屋敷の中から悲鳴が聞こえます。いつもの、怖いけど楽しいといった感じの悲鳴ではなくて、もう本当に狂ってしまいそうに怖がっている、本気の悲鳴。そしてその悲鳴の中には従業員のおばけたちの声も。
「うわっ! あんた誰?」
「ちょっと、和風おばけ屋敷に洋風の助っ人呼んだの、誰よ?」
「げっ! くっさ! おまえ、くっさ! 腐ってるじゃん!」
そして壁にぶつかる音や、物が壊れる音。暗闇の中で、お客さんたちは身動きがとれず、逃げたくても逃げられずにいるのでした。
「ちょっとお、出口どこ~?」
「やだ、痛い痛い! 踏まないで!」
大切なお客さんが怪我をしたら大変です。
ヒカルはその場で何度も宙返りをして、最後にブルブルッと全身の粉を振り払いました。すると、ピッカピカのおばけになりました。
「よーし。ぼくがお客さんを案内するぞ!」
ヒカルはピューンとおばけ屋敷の中へひとっ飛び。
中では転んだお客さんが折り重なるように倒れていました。おばけ屋敷は真っ暗なので、ゾンビから逃げているうちに入口の方向も出口の方向もわからなくなってしまったようでした。
「みなさん、ぼくが照らしていますから、まわりをよく見て、怪我をしないようにゆっくり起き上がってください」
まわりが明るくなったことで、お客さんたちは見るからにホッとした顔をしました。ヒカルに言われたとおり、ゆっくり起き上がり、まわりの人を助けて起こしてあげたりもしています。
「あ、ヒカル!」
人魂がふわふわとやってきました。
「人魂さん、ここからだと入口に戻った方が近いです。お客さんを案内してあげてください」
「お、おう、わかった」
「お願いします。ぼくはもっと奥を照らしてきますね」
「よろしく頼む」
頼もしいヒカルのピカピカの背中を人魂は眩しそうに見送りました。
大繁盛だったこともあって、おばけ屋敷の中は人でいっぱいでした。ヒカルは声をかけながら、みんなが起き上がるまで照らし続けました。
そして、歩けるようになったお客さんたちを連れて出口に向かいます。その道々で明るく照らしては案内していきます。
「はーい。みなさん落ち着いて行動してくださいねー。大丈夫ですよー。足もとに気を付けてぼくについてきてください。出口にご案内しまーす」
こうして、すべてのお客さんが無事帰ることができました。