2. おばけ屋敷の大入り袋
みんなもヒカルのそんな気持ちをわかっていました。だって同じ仕事の仲間ですから。《株式会社ヒュードロドロ社》が《ヒュードロ一座》だったころからの長い付き合いです。
自分たちはヒカルが今のままでも構わないけれど、ヒカル本人が変わりたいと思っているのなら叶えてあげたい。みんなそう思っていました。
そんな時に社長が、ヒカル以外の従業員――ろくろ首、唐傘おばけ、のっぺらぼう、一つ目小僧、人魂、化け猫――を集めて言いました。
「こんなものがあるらしんだが……」
生きている人をゾンビにする薬があるというのです。ただ、それは遠い外国にある珍しい薬とのことでした。
「人には効くが、おばけに使ったことはないそうだ。だから効き目があるかどうかはわからない」
社長がそこまで話した時、コウモリが口をはさみました。
「しかもかなり高価だ」
従業員のみんなは顔を見合わせて、そあれから、大きく一つ頷きました。
「それならおれらみんなで買ってあげましょうよ」
と一つ目小僧がパッチリおめめをウィンク。
「そうですよ。ヒカルはあんなに気にしているんだもの」
と人魂がユ~ラユラ。
「みんなだってヒカルに喜んでもらいたいはず」
とろくろ首が長い首をぐるりん。
「夏はおばけ屋敷は大繁盛だし」
と唐傘おばけが広げた傘をク~ルクル。
「売上すっかり使いましょ」
とのっぺらぼうがササッと顔をこすってすっきり顔。
「そうと決まればお仕事ニャ!」
と化け猫がにゃんと宙返り三回転。
いつも以上にはりきったおばけたち。《株式会社ヒュードロドロ社》のおばけ屋敷は大繁盛の大行列です。
入口のちょうちんの中で順番待ちのお客さんを怖がらせるヒカルも大忙し。
「ヒュ~ドロドロ~」
このおばけ屋敷の効果音は録音テープなんかじゃありません。なんとも贅沢な本物のおばけによる生効果音です。
「うらめしや~」
そんなセリフだってヒカルにはお手のもの。
並んでいるお客さんは入口に入る前から「わあ、怖そう!」と口々に言っています。屋敷の中からは女の人の悲鳴が途切れません。
噂が噂を呼び、日に日にお客さんは増えていきます。
おばけたちは笑顔を隠して必死のうらめし顔。前代未聞、創業以来の大行列。大盛況で大繁盛。
そんなわけで、夏の終わりが近づくころには、社長から全従業員に大入り袋が配られました。
《社長室》のプレートがついた棺桶の前におばけたちが並びます。社長からひとりひとりに大入り袋が手渡されました。
ヒカルの番が来ると、社長は眩しくないように棺桶に潜り込み、フタを細く開けて手だけを出しました。
「ヒカル、よく働いてくれたね」
「ありがとうございます!」
受け取ってみると、中には粉がたっぷり。
「あの……社長、これは?」
「それは海外から取り寄せたゾンビパウダーというものだ。なんでも人に使うとゾンビになるそうだ」
「すごい! かの有名なゾンビになるのですか!」
「人に使えばな。まあ、おばけが使っても、死んでいるものは死んだままだろう。だが、これを全身にふりかけたら、今よりずっと死んでいるっぽくなるのではないかと思うのだ。ヒカルの身体もおばけらしく、薄らぼんやりとした明るさになるかもしれない」
みんながウンウンと頷きます。
「わあ! ありがとうございます! みんな、ありがとう!」