1. おばけ屋敷のヒカル
日が暮れてきました。
今にも崩れそうな古いお屋敷に、ちょうちんの明かりだけがポワッと灯っています。お屋敷の周りには柳の木が並んでいて、風もないのにしなやかな枝がゆらりゆらりと揺れています。
ここは、おばけ屋敷。でも普通のおばけ屋敷とはちょっとちがいます。営業時間は、日暮れから真夜中まで。
どうしてそんな時間なのかというと、働いているのが本物のおばけたちだからです。
本物のおばけですが、怖くはありません。お客さんを驚かすのだって、それはお仕事だから、こわ~い雰囲気を演じているだけなのです。
おばけが演技なんかできるのかって? もちろんできますとも。だって彼らは《ヒュードロ一座》という旅回りのお芝居をしていたのですから。
あれから長い月日が経って、ヒュードロ一座は現代社会に合わせた会社となりました。《株式会社ヒュードロドロ社》という外資系企業です。外資系というのは、簡単にいうと外国の会社です。だから社長は外国人です。
ルーマニアって知っていますか? 遠い国です。社長はそのルーマニアから来た吸血鬼なのです。
ゴーン……
低い鐘の音が響きます。お寺の鐘の音です。でもお寺から聞こえているのではありません。ヒュードロドロ社ではこれがチャイムの音なのです。
ギ、ギギギ……
棺桶のふたが開く音です。ふたには《社長室》と書かれたプレートがついています。中から黒いマントを羽織った背の高い男の人が出てきました。
「おはようございます、社長」
秘書のコウモリが社長の周りを飛び回ります。それから、コウモリは小さな体に似合わない大きな声で叫びました。
「さあさ、従業員のみなさん、集まってくださーい! 朝礼の時間でーす!」
おばけたちのとっては日暮れが朝。ここから一日がはじまります。
わらわらと集まってくる従業員たち。ろくろ首、唐傘おばけ、のっぺらぼう、一つ目小僧、人魂、化け猫。
「よし。これで全員ですかな」
コウモリがみんなの上をくるりと一周飛び回りました。
「はいはーい! ぼくがまだでーす! 今行きまーす!」
軒先で淡い明かりを灯していたちょうちんがブルンとひと揺れしました。
「あっ、おまえは来なくていい――」
コウモリが言い終える前に、ちょうちんの中の明かりがポンッと外へ飛び出しました。辺りがパアッと明るくなりました。その明かりはリズミカルに強くなったり弱くなったりしています。
従業員たちがそっと目をそむけました。ピカピカ光ってまぶしいのです。けれども従業員たちはまだいいのです。問題は社長です。
「うわあぁぁぁ! やめろぉ!」
目を押さえたかと思うと頭を抱え、頭を抱えたかと思うと胸をかきむしり、しまいには床を転げまわったあげく、マントにくるまって縮こまってしまいました。黒い塊になった社長はブルブル震えています。
「ヒカル、おまえはちょうちんの中にもどっていろっ!」
コウモリが白く光るかたまりに体当たりしながら怒鳴りました。
「あっ! ごめんなさい! すぐにもどります!」
ヒカルはあわててちょうちんの中にもどりました。
ヒカルもおばけのなかまです。それもおばけの中のおばけ。白くて、まあるくて、足の代わりにシュッとすぼまったしっぽをもっています。風船みたいな、オタマジャクシみたいなあの姿です。きっと誰もが思い浮かべるおばけらしいおばけ。
ただ、ヒカルの場合はちょっとちがいます。全身がピカピカ光っているのです。どうしてだかわかりません。生まれた時からそうだったのだと思いますが、みんな長生きしすぎて、そんな昔のことは覚えていないのです。いつからだか、どうしてだかわかりませんが、ヒカルが光るおばけであることはたしかなのでした。
ヒカルがちょうちんの中におさまると、少しだけ明るさがやわらぎました。
社長がバサリとマントを翻して立ち上がります。
「ヒカル、悪かったな。わたしはどうにも光に弱くてな」
社長はちょうちんに向かって優しい声であやまりました。
「とんでもないです、社長。うっかり飛び出したぼくがいけないんです」
ヒカルがプルプル頭を振るものですから、ちょうちんがプラプラ揺れました。
おばけは夜の住人です。だから、みんな光に弱いのです。社長は吸血鬼なので、特に光が苦手です。ヒカルも知っていたのに、気分がいい時はうっかり忘れてしまうのでした。
みんなは口々に「気にすることないよ」と言ってくれます。
でも――とヒカルは思うのでした。
でも、ぼくがこんなふうにピカピカ光ったりしない普通のおばけだったら、もっとみんなの役に立てたのに。ちょうちんの中にいるだけじゃなくて、ちゃんと人を驚かす仕事ができるのに。ぼくがおばけらしくないおばけであるばっかりに……。
わかってはいるのです。みんなはヒカルを悪く思っていないということは。
わかっていても、もうしわけない気持ちでいっぱいになるのでした。