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虚生  作者: サボタジュ
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中学

私は中学校とは楽しいものだと認識しておりました。

 なぜなら、皆、生き生きと登校するし、楽しそうに帰宅をしているからです。

 小学校の頃のそれとはまったく違う、なんと申しましょうか。明確な目的に喜びを覚えている、そんな感じがしたのです。

 ですが、中学というものはちっとも面白くありませんでした。

 部活?よく、「部活動は私の青春のすべてでした」なんてフレーズを聞きますが、そのような良いものではありませんでした。

 私は結局入部したソフトテニス部もその年の夏休みには幽霊部員となってしまいました。

 また、小学校に比べて自由になると思っていた規則も何故かより、厳しくなりました。

 当時はクーラーなんてないので、暑い中、小学生にするような諸注意を永遠と聞かされ、嫌気がさしました。

 また、この頃は人間関係の方も何かと不調でした。

 そもそも、人間関係を築く意味を見失っていたのです。

 帰宅も登校も当然の如く独り。

 理由は単純明快で、部活動に皆、時間を取られているからです。

 うちの学校は部活動に強制入部でした。

 今思い返してもひどい学校です。


 そんな中、いつものように下校していた私に話しかけてきた一人の奇特な人物がいました。

 名は確か坂田と申したでしょうか。

 彼は卓球部をやめ、こうして帰宅していると説明してくれました。

 彼は部活をしている連中を忌避しておりました。「あいつらは頭がおかしい。もっとほかの喜びを知らないのか。」

 確かに、ごもっともだと私は思いました。

 そして、この男とは気が合いそうだとも思いました。


 彼は議論をするのが非常に上手でした。

 私が部活をしている連中を見て「彼らはあれをして幸せなのかな?」などと問いかけると、

「そもそも幸せとはどのような定義なのかな?」などと、議論を弾ませてくれ、私の下校時間は大いに意義のあるものになりました。

 学校に行く目的についても悩んだことがあります。

 さっきの議論の「幸福とは」の答えは、「衣食住を満足に与えられ、やりたいことができる」という漠然なものになったのですが、彼は、学校に行く目的を将来社会から抹殺されないため。と説きました。

 大いにその通りである。と、当時は盛り上がりました。

 なぜこのような悩みを抱えたかと申しますと、単純に学校が面白くなかったからです。

 苦痛。艱難辛苦の八割は学校でした。

 当然居る時間が長いのですからある程度は考えられるかもしれませんが。

 ともかく、学校が苦痛だったのは間違いなく記憶しております。


 学校が苦痛なことのいくつかある要因の中に、学校が遠いというものがありました。

 自宅から直線距離三キロ。それだけならいいのですが、私の家は山を切り開いた団地にあったので、当然帰りは登り道。

 さらに、学校も小高い丘の上にあり、要塞の如き風格を漂わせておりました。

 そこに行きつくまでに、何段あったかは覚えておりませんが、多くの階段を上ります。

 一段、また一段と上るごとに担任の顔がちらつき、私をイライラさせました。

 担任は俗にいう良い人ではあったと思いますが、私のとっては嫌な人で、酷く嫌悪感を抱いておりました。


 そんな生活を送り、季節は確か夏だったでしょうか。私は登校中に坂田と出会い、とある提案をされます。

「俺の家に来ないか?」これは則ち、学校をさぼり、家に来ないかという提案です。「三限目までに行けば問題はないだろう」

 私はその提案に乗り、坂田の家に行きました。

 坂田の家に、学校から数件の電話がかかっていました。それらを全て無視して談笑していると、家のチャイムが鳴りました。

 流石に出なければまずいだろう、と思い、坂田が出ました。すると、「坂田、もう準備できているね。乗りなさい。」

 と、坂田は憎き担任に車に乗せられてしまいました。

 この時私は気づきました。「あぁ、嵌められた。」と。

 坂田の家に私がいることを見抜いたうえで、坂田をさらいだした。見事だと思いました。

 私は堪忍して、担任の車に乗り、学校まで戻されて、大いに怒られました。

 この様に文章を書いていることで察していただけるとは思いますが、私は作文が得意でして、反省文など、何の苦痛でもなかったので、ただ、すらすらと恨み辛みを並べて提出したところまた大いに怒られました。


「お前は反省していないのか」と。

 私は反省などしていなかったのですが、長引かせると、こいつと同じ空気を吸う羽目になる。それは嫌だということで、

「この度は申し訳ありませんでした。以後、こんなことはしないので許してください」

 と、言いました。まぁ、よくも心にもないことをここまですらすらと言えるなぁと思いました。

 まぁ、嘘つきを続けてきたキャリアが違いますから。

 ただ、嘘とは人しか騙せないのだなぁ。

 事実も騙せたらどれだけ素敵なことか。

 このことを坂田に話すと大いに盛り上がりました。


 時期はやがて受験へと

 この時期は特に退屈でした。

 皆、内申点を得ようとして面白いことを一切しないので、退屈だった学校がますます詰まらなくなりました。

 私は受験絵の関心は薄かったので、坂田の家に担任が襲撃した事件の後は毎日遅刻をして学校に行っていました。

 そんなある日、私は担任の社会科の授業を受けていました。

 あまりに詰まらなかったので友人と他愛のない話をしていると、突然怒り出し、「なぜ、私が怒こったかわかるか?」

 と、面倒くさいことを言い始めました。

 私は、「先生が怒りを感じたからではないですか?」というと、大激怒し、黒板をいつもより雑に書いて授業を放棄してしまいました。

 これが受験の時期にあった唯一の面白いことでしょうか。


 私は家から一番近い高校を志望しておりました。

 ですが、そこは半端な学力のものが集まるため、県内屈指の倍率となっておりました(普通科では)

 そして受験を終えて、合格しました。

 合格する前は、どきどき、わくわくという表現が益々板に合った様子でしたが、合格がわかると、何とも言えない虚無感、倦怠感に包まれました。


 実は私の人生でこの、中学が最も楽しい時間となるのだった。



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