生徒会長すこやか育児日記。
○月×日 晴れ。
今日の生徒会の活動内容は、アンケートの集計と書類整理です。
期限は明日までなので、担当顧問に確認してから――……
……そこまで書いて、私はシャーペンを置く。
静かな放課後の生徒会室。
委員はみんなそれぞれ出払っているので、がらんとしている机。
微かに聞こえてくるのは、グラウンドの運動部と吹奏楽のクラリネットの音だけ。
開け放った窓からの風が、目の前の日誌のページをさらっている。
そして……。
「……君、手休めてないで、ちゃんと働きなよ?」
耳元で囁かれる……甘い声。
そう、私は生徒会副会長。休んでいる暇なんてない。
こうしているうちにも、日誌だけでなくアンケートの集計からやることはたくさんある。
だけど、その前に……。
「――会長! 働きなよ、じゃなく……あなたも仕事してくださいっ!」
さっきから私の隣に座ったっきり、眺めているばかりで、全くやる気なしのその人。
私が怒ったように言うと、からかうように微笑んだ。
「……してるよ? 部下の監査」
……う。そんな笑顔でさえかっこいい。
澄ましているだけでも、クラスの女子、それどころが全校の女子生徒を虜にしてしまう彼。
普段なら他人にみせない笑顔なんて、さらに魅力的に決まってる。
……って、そうじゃないでしょ私!!
なんだか負けそうになりながらも、挫けずさらに言い募る。
「〜〜そんな仕事今はいいですから書類を書いてくださいっ!!」
「書類? 俺に書けって言うの?」
「それじゃなんのためにココにいるんですか! 書いてください!」
「やだ。……そんなことするくらいなら、帰るよ」
そう言うと、今度は拗ねてそっぽを向いてしまった彼。
さっきとは打って変わって、しかめられた端整な顔。
……本当に拗ねちゃった。
しかし毎日のように一緒にいる私にとっては、拗ねてた方が慣れた表情なのかもしれない。
だって、帰ると言っておいて、今も隣を動かない。
……それは彼の、素直じゃなくて、意地っ張りな性格のせいだというのを知ってるから。
一秒ごとに気分がコロコロ変わってしまう、精神年齢5歳レベルの彼。
――それが……副会長である私が支えなければいない、生徒会長・瀬埜 柊。
でも誤解の無いよう言っておくけれど、瀬埜会長は普段から子供っぽいわけじゃない。
普段は、生徒会長に選ばれるだけあって、スポーツ万能、成績優秀の優等生。
先生方からの信頼も厚く、部下からの人望もある、生徒にとっては良い生徒会長として通っている。
それに加え、秀麗で凛としたその容姿で、人々の注目を浴びるほど。
(本人はそういうのが大嫌いだけど)
しかし。
――なぜか……副会長である私の前だけでは、こんな風に子供っぽくなってしまうのである。
だから、今日みたいに私たち以外誰もいないときはこんな風にぴったり隣にくっついてくる。
別に嫌じゃないけど……仕事の邪魔なんだよなー……。
そう思いながらも、やっぱり仕事をしてもらわなければいけないので、機嫌を直してもらうことに。
「会長。……えーと、お茶とか飲みますか?」
「……いらない」
そっぽを向いたまま答える会長。
……結構拗ねているらしい。
これは機嫌取るの大変だなぁと思いつつ、さらにご機嫌取り。
「えー、じゃあ、お菓子でもたべます? 友達にもらったんですけど」
「……生徒会室は飲食禁止。……それに食べたくない」
うっわぁバッサリ。
元々会長は、気分屋なくせに拗ねるとなかなか強情になるところがある。
どうしようか……。
このままじゃ仕事をしてもらうどころか、隣が気になって私も仕事できなくなる。
明日までの書類を前に、私はそっとため息をついた。
これも副会長の仕事だと思って……諦めるしかない。
私はそっと隣の会長を覗き込んだ。
「じゃあ……私が会長の言うこと、1つだけ聞いてあげるんで、機嫌直してください」
「君が……俺の言うこと、なんでも聞いてくれるの?」
「う……はい」
だって、書類のためだもん。
会長が真面目になってくれれば、すぐ終わる書類だし。
すると、会長の顔がぱっと明るくなった気がした。
な、なんか嫌な予感……。
「そう……なら、何をしてもらおうかな」
「へ、変なのとか恥ずかしいのは無しですよ?!」
「さぁね?」
会長は、たまにとんでもないことを言い出すから要注意。
やっぱり、言わなきゃよかったかな……。
楽しそうに会長が考えているのを見て、どんどん不安が増してくる。
会長は、子供と同じで突拍子もないことを考え付くことがあるから、今回はそうじゃなきゃいいんだけど。
……例えば、わさび入りシュークリームで一人ロシアンルーレットとか。
そして。
「よし。やっぱりこれがいいかな……」
「き、決まりましたか?」
やけに嬉しそうな会長。効果は抜群だったみたい。
会長は隣に座りなおすと。
……そっと、私の髪を一房とって……口元に寄せた。
――途端、顔が熱くなる。
な、なななに?!
「か、会長?!」
何かのいたずら!?
私の頭に思い浮かんだものとしては、ガムをくっつけられるとかそういういたずら。
……あれって、なかなか取れないんだよね。
そう思って、顔を上げると……。
――さっきとは違った……優しげな微笑み。
「か……会長――」
思わず呟くと、人差し指が口元に触れる。そして。
「――会長、じゃない。……『柊』って、呼んで」
「え…………?」
柊って……会長の名前……。
なんでまたそんなこと……。
「……嫌なの?」
上目遣いで覗き込んでくる。
……か……可愛い……!! 言ったらまた怒りそうだけど、はっきり言って可愛い。
意外と長い睫、切れ長な目でうっすら揺れる瞳。
私は思わずしどろもどろになりながら答えた。
「〜〜と、いうより……別に、会長のままでもいいんじゃ……」
呼びにくいわけでもないし……何を突然? と、思っていると。
「……俺が、よくないんだよ」
――……なんと、抱きしめられてしまった。
驚きを超えて、混乱する私。
「あ、あああのっ?!」
な、ななぜ?!
制服越しに伝わってくる体温と、彼の匂い。
意外と逞しい腕と、目の前のシャツから覗く綺麗な鎖骨に眩暈がする。
〜〜……恥ずかしいことしないっていったじゃない!!
しかし会長はお構いなしに耳元で囁いた。
「……それで? 呼んでくれるの? くれないの?」
「よ、呼んでもいいですけど……恥ずかしくありませんか?」
よく考えたら、会長のこと名前で呼んでいる人、見たことないし。
そんな大切な名前……私が呼んじゃってもいいのかな。
だけど。
「別に。……それより、呼ぶまで離さないけど、それでもいい?」
「え……えぇ?! ダメです! とりあえず離してくださいよ!」
抱きしめられたままじゃ恥ずかしくて、窒息しそう。
しかし、会長はさらに強く抱きしめてきて、そして、一言。
「嫌」
〜〜わ、わがまま会長っっ!
お願い聞いてもらえるまでって、どれだけ子供っぽいの?!
それとも……私へのいじめ?
私はびくともしない腕の中で、泣きそうになりながら言った。
「会長っ……なんでこんな意地悪するんですかっ?!」
すると。
「意地悪って……君、わからないの?」
……明らかに驚いたような顔。
驚いてるのはこっちですよ。
「……私のこと、そんなに嫌いなんですか」
真剣に答える私に。
会長は再びそっぽを向いてしまった。
え……ど、どうしよう?!
また機嫌が悪くなったのかと思い、そっと覗き込む。
「えと……会長?」
不貞腐れたような。そんな表情。
っていうか……なんで会長が不貞腐れるの? 私の方がダメージ受けてる気がするんですが。
「本当に、わからないの?」
「……はい」
沈んだ調子で答える。……だって、気に入らないから意地悪ってするものじゃない。
「どうしても俺に……言わせる気?」
「え……」
会長は、呟くように言うと。
――そのまま、真っ直ぐな瞳で囁いた。
「――……君が、好きだからに決まってるでしょ。……それくらい、わかってよ」
「え……っ?!」
そのまま。
――頬に降りてきた熱い唇。
……触れたかと思うと、一瞬で離れていった。
「な……っ!?」
今のってキス……?!(ほっぺだけど)
意識した途端、自分でもびっくりするくらい頬が熱くなる。
鏡で見なくても、真っ赤なのがわかるくらい。
っていうか……会長が……私を好き?!
今まであんまりそんなこと考えたことなかったから、頭の中かが混乱してぐちゃぐちゃになる。
てっきり私が嫌いだからわがまま言い放題なのかと……。
もしかして意地悪っていうのも、子供が好きな子ほどいじめたくなるという、あれだったの?
えぇ……どうしよう……!?
しかし、驚き終わった頃には、もう隣に会長の姿はなかった。
あれ……まさか。
――代わりに……膝の上に感じる重み。
そっと下を見れば。
……寝転んで膝の上に頭を乗っけている、会長の姿。
キ……キスした上に膝枕っ?!
私はまだ混乱してるっていうのに、信じられないっ!
「ちょっと、会長……っっ……」
「……いいでしょ。わからなかった罰だよ」
もう、自分勝手すぎっ。
そう言おうと思って覗くと。
私に負けないくらい……真っ赤になった頬。
「あ……」
――もしかして、照れてる……?
風邪ひいてたって、普段こんな真っ赤にはならない。
はじめて見た、会長の照れた表情。
もしかしたら……さっきのキスも照れ隠しとか。
まさかと思い、見つめていると。
「……何。……あんまりこっち見ないでよ」
そう言って睨みつけてくるけれど、よく見れば耳まで真っ赤。
――やっぱり照れてる。
照れ隠しが上手じゃない会長。
なんだか……それが何より素直で、子供っぽい会長らしくて。
可愛い……。
私と会長、2人で真っ赤になっている状態。
――……だけど、そんなところが。
「……あの」
「なに……?」
膝の上で、そっぽを向いたままの彼。
私はそっと微笑むと。
「――私も。大好きです。……柊、くん……」
途端、大きく見開かれた瞳。
――子供っぽくて、手の掛かる彼。でも。
誰より純粋なのも……彼だから。
だから、大好き。
……思わず零れた、心からの笑み。
するとまた、ふいっと顔を逸らす会長。
「……くん、なんていらない。……子供っぽい」
「え。そうですか?」
やっぱり、素直じゃないその言葉。
でも。
「……まぁそう呼びたいなら勝手にすれば」
勝手にって……そんな面倒くさそうに……。
――すると、言う前に、すーすー寝息をたて始めた会長。
寝るの早っ!
人を振り回すだけ振り回しておいて、すぐ寝ちゃった。
会長と一緒にいると、いつもそんな感じだけど。
……まぁいっか。
サラサラな黒髪を撫でながら、そっと微笑む。
その無防備な寝顔が、あまりに無邪気だったから起こす気にもなれない。
ブレザーを脱ぐと、起こさないように掛けてあげた。
そして、きっと今日中には終わらない書類を前に、そっとため息をつく。
やっぱり、子供っぽい彼のお世話は大変。
くるくる変わる彼の気分に、これからもきっと振り回されるんだろうなと思いつつ。
すやすや眠る彼の頬にそっと口付けた。
「おやすみ。……柊君」
ほら、また表情が変わった。
……照れた顔から嬉しそうな微笑み。
――生徒会長すこやか育児日記 ○月×日晴れ。
わがままで気分屋な、子供っぽい彼との日々が始まった。
お読み下さりありがとうございました。
えー……この作品は連載しようかと思ってた作品を無理やり詰め込んだのでかなり完成度が低いかと思います。無謀でしたっ。なんか読ませてしまってすみませんっ。
特に副会長……鈍すぎですね。自分勝手だけど可哀想な会長の話になってしまった気がします。自分でもなんだこれ? なんですが、……まぁその辺は見なかったことに。今後頑張るので、その際はもっと色々と? 勉強してきたいと思います!
それではお付き合いありがとうございました。