引退試合
小説を書く。
簡単ではないことを分かっていながら、いざ書き始めたらやはり簡単ではありませんでした。
ただ、チャレンジしないで後悔したくないと思いました。
書き始めてから若干後悔したのは、ここだけの秘密ってことにしてください。
2025年秋、一人の野球選手が球界を去ろうとしている。
男の名は、ZEN。
プロ野球で言うところの登録名で、本名は原 善助という40歳独身である。
少年期より「ぜん」と言うあだ名で呼ばれ、プロ野球の世界に入ってからはZENという英語表記を使用している。
プロ野球選手としてのスタートは華々しいもので、大学野球界を代表する右の本格派投手で、ドラフト会議では3球団競合の末にアトランティック・リーグの横浜オーシャンズに1位指名を受けた。
現在所属する球団は独立リーグの甲斐24(トゥエンティフォー)スターズで、投手兼任コーチを務めて2年目のシーズンだ。
横浜オーシャンズでは入団1年目に14勝を挙げ、リーグの新人王に選ばれ将来のエース候補と呼ばれたが、肩・肘の怪我で試合に出れなくなり、僅か5年で戦力外通告を受けた。
当時は現在の様にトライアウト制度も無く、海を渡り台湾のプロ野球チームに拾われた。
台湾では9年間を過ごしたが、日本のプロ野球チームからは声がかからなかったが、昨年トライアウトを受けるために帰国した。
様々な理由で所属球団にクビを切られた選手に混じって受験したが、声をかけられたのは独立リーグだけだった。
一週間前、高校時代の恩師が訪ねて来てくれた。
「よっ!ZENくん、元気にしてる?」
スタンドからの声に振り向くと、野球部の女性監督だった・なつみがフェンスの前に立っていた。
「なつみ先生!?」
驚いた。
ZENが高校球児として活躍していたのは千葉県で、このTAKEDAスタジアムは山梨県である。
見透かしたかの様に、なつみは言った。
「私ね、結婚して今は甲府に住んでるの。
この子は、孫の四郎。学童野球やってるんだよ。」
隣には、小学校四年生くらいの少年がいた。
「ねえ、今日は試合に出ないの?」
「一昨日先発で投げたばかりだから、今日は投げないよ。
あ、でもベンチには入るよ。代打要員だから。」
新設球団である24スターズのチーム事情もあるが、ZENは得点圏打率5割を越すリーグ屈指のバッターでもあった。
残念ながら、この日は出番が無かったが。
「次の日曜日が引退登板でしょ?
また応援に来るね!」
24スターズは、現在首位の越後ホワイトブレーブスと1.5ゲーム差の2位に着けている。
「出番があるとすれば代打だと思うけど、頑張るよ。」
試合後にそんな会話をして別れた。
迎えたシーズン最終戦。
本拠地TAKEDAスタジアムに迎えたのは、4ゲーム差に離れた3位の高崎レインボーズ。
前日の最終戦で敗れた首位ブレーブスとのゲーム差は、0.5ゲーム差に縮まり、24スターズが勝てば逆転優勝となるシチュエーションに、いつもはお世辞にも入ってるとは言えない本拠地に沢山の観客が来てくれている。
一塁側内野席には、約束通りなつみと孫の四郎がいた。
ZENは4回からブルペンに入り、肩を作る。
試合は白熱した攻防となり、8回表を終わり3ー1と24スターズがリード。
8回裏、ブルペンから戻ったZENに強面の千木良監督が声をかけた。
「ZEN、準備しとけよ。
ランナー貯まったら代打行くぞ。」
二死からヒットと四球でチャンスを作った24スターズは、1番の田代がライト前ヒットで続き最高のお膳立てをした。
ここで、レインボーズは左の中島を替えて右の山城を投入。
抑えのエースだ。
華やかなプロ野球と違い、独立リーグには引退する選手に花を持たせることはしない。
一球一球が真剣勝負なのだ。
「代打ZEN!」
千木良監督がアンパイアに告げる。
ウグイス嬢がアナウンスする。
「24スターズ、選手の交替をお知らせします。
島田に替わりまして、ピンチヒッターZEN!
背番号73!」
スタジアム中が歓声に包まれた。
「ZENよ、塁に出たら代走を送るからな。
そのままブルペンに行け。」
思いもよらない言葉を受けた。
「最後までこき使おうとしやがって(笑)」
打席に向かうZENに、ベンチから声が響く。
「ZENさん、頼みますよ!
優勝しましょう!」
振り返ると、ルーキーの福井だった。
福井はZENと同じ千葉県出身で、子供の頃に横浜オーシャンズ時代のZENに憧れて野球を始めた、ZENに取って特別な後輩だった。
大きく頷き、打席に立った。
相手投手の山城はテンポ良く投げ、あっと言う間に追い込まれたが粘りを見せてフルカウントまで持ち込んだ。
一球ファウルの後の7球目。
スタジアムのボルテージは最高潮に達している。
はやる気持ちを抑えながら、スライダーを見送った。
「ボール!」
アンパイアの判定が告げられると、ZENは小さくガッツポーズをし、中村は天を仰ぎ、観客はため息を吐いた。
誰もがタイムリーヒットを望んでいた中で、一人ZENだけは冷静だった。
貴重な追加点となり、4ー1とリードを広げた。
代走に出て来た相馬とグータッチをして、ベンチに戻ったZENは仲間とハイタッチをした後すぐにブルペンに向かう。
後続が倒れ、4ー1のまま最終回へ。
あと3つアウトを取れば、球団創立初の優勝が決まる。
24スターズは抑えのエース・鳴海をマウンドへ。
ZENはブルペンで、代打のために途中で打ち切った肩を再度作っている。
「頼むぞ鳴海。」
2アウトを取った後、長打を立て続けに浴び4ー2とされ、尚も四球を与えてしまい二死満塁とされる。
一打同点、長打が出れば逆転という大ピンチ。
ベンチを出た千木良監督がアンパイアに投手交替を告げ、マウンドの中村に話しかける。
小さく頷いた中村がブルペンに向かって叫んだ。
「ZENさん!交替です!」
中村の声に気付いたブルペン前の観客が、一斉にどよめいた。
「ZEN、頑張れー!」
「ZEN、頼むぞー!」
ZENは、一塁側内野席に向かって帽子を取って一礼した。
視線の先では、他の観客と同じようになつみとその孫の四郎が声を張り上げていた。
マウンドに到着したZENに、内野陣が集まる。
三塁手の川崎、遊撃手の小池、二塁手の土井、一塁手の小野寺が話しかけてきた。
「ZENさん、優勝しましょう!」
「ZENさんが繋いで取った1点、何としても守りましょう!」
「ここで抑えたらヒーローインタビューですよ!」
ZENは涙声で返した。
「バカ、普段通りにやるだけだ。
それに優勝したらインタビューは監督だけだろ。」
だが、野手みんなの気持ちがありがたかった。
捕手の秋村は
「ZENさん、追い込むまで変化球のみ、真っ直ぐは最後だけにしますんで。」
全盛期のスピードは無いにしても、ZENが今でも最も自信を持つボールは140キロのストレート。
秋村はそれを理解していた。
「普段通りやるから心配すんな。
お前さんのサインに首を横には振らないよ。」
変化球を4球続けて、2エンド2と追い込んだ。
「これが、最後の一球だ。」
ワインドアップから投げたストレートが、外角低めいっぱいに決まる。
「ストライク!バッターアウトォォッ!」
アンパイアの右手が上がる。
大歓声の中、秋村が走って来る。
ベンチからも選手が走って来る。
あっと言う間に、マウンドに歓喜の輪が出来ていた。
みんな、涙を流している。
千木良監督の胴上げが始まり、強面の監督が三度宙に舞った。
監督・コーチ以下全員で、一塁側内野席に挨拶をする。
なつみと孫の四郎が笑っていた。
「終わったな。」
ロッカールームに戻ったZENは、いつものように着替えを始めた。
腰にバスタオルを巻いてシャワールームに向かおうとした時、スタッフに声をかけられた。
「ZENさん、引退セレモニーお願いし・・・
ちょっと、何でバスタオルいっちょなんですか!?」
ロッカールームが笑いに包まれた。
「ZENさん、普段通りにも程がありますよ!」
「引退試合なんだから!」
ユニフォームに着替え直しお立ち台に登ったZENは、
笑いながら締めた。
「何だかんだで、皆さんのおかげで笑いながら引退出来ました。
ありがとうございました!」
試合後、なつみと四郎が待っていた。
四郎は
「何で最後の打席で打たなかったんですか?
最後だからタイムリーヒットを期待してたのに。」
「チームの勝利、優勝を優先したんだよ。
応援してくれてたのに悪かったね。」
ZENは謝ったが、なつみは違っていた。
「ZENくん、昔から少しも変わってないね(笑)」
嬉しい気持ちになった。
登録名 ZEN
通算 86勝57敗 25セーブ 39ホールド
2割3分9厘 48打点 14本塁打
完
幼少より、本を読むことが好きでした。
野球が好きで中学卒業まで続けましたが、多くの野球少年が味わうであろう「素質と才能の壁」に打ちのめされたクチです、ええ。
野球は観戦する側に転向しましたが、本を読むことは現役続行中です。
そして、今回が処女作。
短編小説として書き上げましたが、いずれは長編にチャレンジしたいと思います。