第14話 ドリュッヘル防衛戦 決着
走る、走る、走る。
今や一刻の猶予もない。青い線は何度も通り過ぎ、道にはよく分からない模様の一部が浮かび上がっている。
「あとどれ位の猶予があるんだ?」
「わかんない。マイヤお姉さまからはどのくらいかは聞いてないよ。」
コロシアムまでは全力で走って五分くらいか。そう、全力で走れればきっと間に合うだろう。
「かと言ってそうはさせてくれないよな。」
後ろからやって来るケルベロスにオルトロス。明らかに俺たちよりも速い。流石は四足歩行だと言うべきだろうか?
俺は後ろに振り返って飛びかかってきたケルベロスの爪を剣で受け止める。
「ファフィー頼む!」
「ワンチャンはこうだよ!」
ケルベロスの首と首の間にファフィーの斧がめり込んでいき、ケルベロスが力任せに叩き切られていく。
だがそれで終わりではない。ケルベロスを踏み越えるようにしてオルトロスがファフィーに飛びかかってくる。俺はオルトロスの脇腹に剣を叩き込んでファフィーに飛びかかるコースから逸らす。
「倒しきれないか。やっぱり剣が良くないな。」
吹き飛んだオルトロスはのそりと立ち上がる。しかしそれを無視して俺達は再びコロシアムに走り出した。あの傷ならスピードも落ちるだろう。時間が無いんだ。構ってる余裕はない。
「コロシアムまでもう少しだ。急ぐぞファフィー!」
コロシアムの前には防衛線の兵士達が陣を敷き直している。どの兵士も傷だらけで満身創痍だ。しかし決死の決意が顔に浮かんでいる。彼らの後ろにはドリュッヘルの市民達がいる。もう下がれないんだ。
「ライル殿、よくぞご無事で。」
「あんたもな。」
俺達は兵士達と合流して最後の戦いに望む。マイヤの魔法が発動するまで耐えればいい。当のマイヤはコロシアムの屋根の上にいた。きっと別れてからすぐに魔法の詠唱を始めたのだろう。魔法陣からはそれだけの力を感じる。
「あと少しだ。頼むから来るんじゃないぞ。」
俺は祈るように呟いていた。正直な話、俺はもう疲労でバテバテだった。ファフィーも他の兵士達もそれは同じなようだ。魔法陣が一際輝き始める。発動する。そう気が緩んだ時だった。突然コロシアムの周辺の建物の一つの壁が壊れる。その壁から何か大きな獣が飛び出してくる。
「クソ、最後まで楽をさせてくれないな!」
「ピンチのようだね兵士諸君。安心したまえ。この魔剣士サンドラ様が倒してあげよう。」
治療を受けたのか、ボコボコだったはずの顔が治っている。サンドラは兵士達の輪から前に出てレイピアを構える。
「風よ我に集いて我が敵を貫け!」
サンドラの詠唱が響く。まずい、俺は疲れた体にムチを打って走る。
[ウインドスピア!]
サンドラに集まった風はレイピアの突きに合わせて鋭く飛んでいく。狙いはドンピシャだ。しかし、驚くべきことが起こる。いや、ある意味予想通りではあるんだが、大きな獣、いや大猪の巨体が跳ぶ。ウインドスピアは大猪のまたの下を通って建物の崩れた壁の向こうに消えていく。
「へっ?嘘だろ。」
呆然とするサンドラ。避けられるなんて微塵も考えてなかったのだろう。ダン! 大猪が着地すると凄まじい振動が辺りに伝わっていく。サンドラの顔は徐々に恐怖に歪む。振動でバランスを崩してしまったんだ。巨体の接近。避けられない己。死の恐怖がサンドラに襲う。
「手間をかけさせやがる。」
俺はサンドラの前に立って大猪の牙を剣で受ける。
ピキ
「嘘だろ。」
奇しくもサンドラと同じことを呟いてしまう。大猪の牙を受け止めた剣が衝撃に耐えられず折れる。そして大猪は止まらない。その禍々しい牙は俺の腹に突き刺さる。
「ッッッッ~~~~~」
俺の口からは声にもならない叫びとも呻きとも取れるような音が漏れる。牙の刺さった腹からは凄まじい痛みの信号が脳に向かってかけ登る。何も考えられないほどの激痛だ。俺はサンドラを巻き込んで吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんに何をするんだ!」
ファフィーが大猪に斧を振り吹き飛ばす。
[ヘルフレイムバーン!]
マイヤが大魔法を発動させる。瞬時に広がっていた魔法陣から炎が吹き上がり怪物を街ごと焼き払っていく。当然吹き飛ばされた大猪もだ。薄れゆく意識の中で戦いの終りを感じる。勝ったんだ。兵士達の顔に驚愕とともに喜びの色が浮かぶ。最後に見るのがこんな景色なら悪くないかもしれない。一つだけ不満を言うならファフィーを泣かせてしまったことくらいだろうな。
そんな事を考えつつ俺は静かに目を閉じた。




