第13話 ドリュッヘル防衛戦 抗戦
怒号と悲鳴、そして怪物共の鳴き声がドリュッヘルの街の境目である防衛線で響く。
いや、響き続けているか。ようやく周りの音を聞くだけの余裕が出来たようだ。よく見れば足元は誰かの血が流れて水溜りになっている。これに足を取られたのか。
「なんでこっちに来たのかは分からないが背中を任せていいかファフィー?」
「背中? よく分かんないけど任されたよ!」
不安を感じる返答だが、これ以上望むのは贅沢かもな。ファフィーが現れた事で警戒していた怪物達だが、しびれを切らしたのかオルトロスが俺に飛びかかってくる。さっき巴投げで投げたオルトロスだ。
「何度も何度も押し倒そうとしやがって発情でもしてるのかってんだよ!」
俺は左手でオルトロスの前足を受け止めつつ、右手の剣をオルトロスに深々と刺す。こうやって足を止めてられるのも背中を守ってもらえてるからこそだ。さっきまでなら押さえてる間に他の怪物が背中を襲ってただろう。
「おりゃあ。せいや。お兄ちゃーん。この三つ首のあるワンチャンに斧が当たらないよ。この子凄いよ!」
ブゥンブゥンとファフィーの斧が空振りする豪快な音が離れたところから聞こえてくる。パワーはあっても斧の扱いや戦い方を心得てるわけではないようだ。それでも頼もしい事には変わりはないけどな。そう、近くに入ればだ。
「うぉおぁぁあぁぁあ!危ねぇ。」
ラミアが俺を締め付けんと背後から忍び寄ってきていた。どうやら本当に意味が分かってなかったらしい。俺はすんでのところで飛び上がりハグを回避した。ついでにこの蛇女の顔に蹴りも入れておく。
「あんまり離れるなファフィー。」
「それだとワンチャンと遊びづらいから嫌!」
どうやらこっちが離れないようにするしかなさそうだ。説得してる時間もないしな。俺は三つ首の犬、おそらくはケルベロスと斧を振って遊んでるらしいファフィーの後ろについて周りの怪物に牽制をする。それはそうと戦闘を遊びと認識してるのもどうにかしないといけないかもしれないな。そんな余計な事を考えてたからだろうか、横から俺を飲み込まんとするゼリー状の怪物であるスライムへの対応が遅れる。
「ももっが!もももがももがも(しまった!選択を間違えた。)」
剣でスライムを受けようとしてしまった俺はまともに消化液の中に囚われてしまう。戦士として戦場で集中力を切らしてしまった自分を呪いたくなる。
俺はスライムの中から脱出すべく全力で頭を使う。知識を引っ張りだそうとする。対抗策として出てきたのは魔法による攻撃。しかし現状だと気を止めるわけにはいかない。止めた瞬間に俺は骨も残らず溶かされるだろう。両立することも出来ない。気と魔力は生命力を変換したものだ。身体の中に効果を及ぼすものを気と呼び、身体の外に出力するものを魔力という。これらは似て非なるものであり、両方使うのは効率が悪い。
「ヌぅぅぅん!」
スライムの中で藻掻く俺の目の前を大きなバスターソードが通過していく。スライムは切られて僅かなスキが生まれる。すかさず俺はスライムから脱出、気を魔力に変換していく。
「猛炎よ、その理に従い我が敵を焼き裂け。」
[フレイムファング!]
俺は手を振ると炎の刃が3本現れてスライムを切り裂いていく。スライムは身体そのものといえる消化液を炎で蒸発させて消える。俺はスライムが消えきるのを確認することもなく俺を助けてくれたバスターソードの主を見る。
「大丈夫であるか?」
「なんとかな。助かったぜ騎士団長殿。」
心配する騎士団長も至るところに傷を負っている。おそらくはこの戦場で傷を負ってないものなどいないだろう。ファフィーもいくつか掠ったのか腕から血が流れている。
「それならよかった。我らはこれよりコロシアムの前まで下がって防衛線を敷き直す。貴殿らも下がられよ。」
「わかった。なら俺達は出来る限りこいつらの進行を遅らせながら下がる。あんたらは1秒でも速く戻って陣を敷いてくれ。」
俺は気を再び起こしながら言う。周りは怪物だらけだ。話してる間も剣を持って戦わないといけない。
「かたじけない。」
騎士団長は部下の兵士達をまとめあげて戦線を後退させていく。
「遊ぶのはそこまでだ。俺達も下がるぞファフィー。」
「えーー、まだワンチャンと遊び足りないー。」
なおもケルベロスを斧で追い回すファフィー。殿をするにしても孤立するわけにはいかない。
「移動した先でまた戦えばいい。そいつだってファフィーのところに来てくれるさ。だから行くぞ。」
「わかった。またすぐに遊ぼうねワンチャン!」
最後とばかりにファフィーは斧を豪快に空振りさせると俺と一緒にコロシアムの方に後退を始める。
とはいえ殿だ。思うようには下がれずに怪物達のする攻撃は続く。ラミアの尾がムチのようにしなり、ケルベロスも執拗に爪と牙でもって攻撃してくる。
「しつこい奴等だ。」
思わず愚痴がこぼれる。騎士団長達とは大分離れてしまったようだ。遠ざかった背中に安堵を感じると共に恐怖も込み上げてくる。俺は自覚しつつも無視するよう努める。深く考えたら恐怖の沼にはまってそのまま地獄に落ちてしまうだろう。
「なんだ今のは?」
足元を青色の線が通過していく。とてつもなく嫌な予感がする。
「あーーー!そうだマイヤお姉さまからの伝言をお兄ちゃんに伝えるの忘れてた。」
「伝言ってなんだ?」
なんとなく予想が出来るが聞かずにはいられない。首筋に冷たい汗が流れる。本当は耳を塞いで現実逃避をしたいところをグッと堪える。
「ちょっと大魔法をぶっぱなすからタイミングを合わせて下がってこいって言ってた。」
「やっぱりか!」
今の線は魔法陣を展開したものだったようだ。規模を考えると食らったらひとたまりもないだろう。 足も口も悲鳴を上げそうだが意思を振り絞ってなんとか堪える。
俺とファフィーは今まで以上にコロシアムへ向かう足を早めるのだった。