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スコープに映し出された姿を見据えて、私はそっと引き金を引く。お腹を押さえて銃を持った男が跪く。こめかみに照準を合わせて、引き金を引く。脳漿が飛び散り、地面に顔からダイブして、男はピクリとも動かなくなった。
「グッド」
「・・・・・・」
フィアは機械的な声でそう告げてきた。床に固定されている双眼鏡を右にずらすのを横目で確認して、私は銃口を右に走らせた。
「二百。足を狙いなさい」
「・・・・・了解」
走って逃げようとする男の股関節に狙いを定める。ゆっくりと息を整えて、そっと引き金を引いた。がつん、と肩に衝撃が走り、私は顔を顰めてうめき声を抑え込んだ。高威力の狙撃銃の発射反動は、まだ体の出来上がっていない体にはまだ辛いようだ。骨に罅は入っていないだろうけど、シャツを脱げば青痣ぐらいは出来ているだろう。
ちなみに私が撃った男はもんどりを打って地面に転がって鳴き声を上げている。二百メートル離れている私まで聞こえる声で、だ。近付いたらどれだけ煩いだろう。そう思っていたら、待機していた組が車両で全身を開始し、男を一発蹴り上げて大人しくさせてから、乱暴に太ももの止血をして車に投げ込んで、町に戻るまでを私はじっと見つめていた。
「あと三十分待機」
「了解」
右目を閉じながら、私はふ、と息を吐きだした。
射撃練習は的から人に変わっていた。ある程度以上の上達が見られなくなったころ、街の周辺に武装集団が現れるようになったのだ。金持ちだの政治家だのがこの辺りに遊びに来る以上、時たまあることなのだが今回は頻度が多かった。襲撃を受ける車両が相次いだのだ。滅多にやらないことだが、街の兵力を外に回して巡回警備を行うようにし、そのサポートとして狙撃手が壁に配置されるようになった。良い頃合いだと言ってフィアは私に仕事を投げてきた。
フィアが観測手を行い、私が射撃手となってこうして時たま人を撃っている。最初は殺すしか出来なかったが、今では条件さえ合えば殺さずに撃てるようになった。
一応進歩はしているらしい。とはいえ、単独で狩りを行えるフィアに比べればまだまだだと言わざるを得ない。
私は武器庫に預けた狙撃銃の代わりに持ってきた自分の小銃を下して、装具を外してからベッドに腰掛けた。日はとっぷりと暮れていて、部屋にはもう誰もいない。台所からレイチェルが用意してくれる夕飯が置いてある。そういえば、ここ最近、レイチェルと顔を合わすことがない。まぁ、そもそも生活の時間が違うのだから当然なのだけど。
用意されていた食事を平らげて食器を片付け終わったころには、私の眠気が限界を迎えていて、その誘惑に逆らえず、私はベッドに転がって目を閉じていた。
ふと、耳元で声が聞こえて私を虚ろな意識のまま、目を薄く開けた。カーテンの隙間から朝日が見える。
しまった、と思って慌てて体を起こすと、きゃ、という声が聞こえ私は反射的に枕の横に置いてあるナイフを抜いていた。
「っ!」
「・・・・・・ごめん、レイチェル」
「あはは、私も学習しないなぁ・・・・・」
のど元に突き付けていたナイフを鞘に戻して、私は片手で髪を掻き上げた。・・・・・・私はまだ同居人がいる生活に慣れていない。直さないととは思っているし、ここが安全な場所だということも解かっているのに警戒心がいつまでもいつまでも抜けない。困ったものだ。
「ごめんね、私の不注意だから気にしないで」
「・・・・・・ごめんなさい」
「それより・・・・・シッタちゃん」
「ん?」
「臭い」
「・・・・・・・」
「シャワー浴びた? 凄い煙のにおいがするよ」
「んー・・・・・そのまま寝ちゃった」
「じゃ、一緒に入ろう。体洗ってあげる」
「え、いい。自分で・・・・・・」
「シッタちゃん、ちゃんと体洗えてないんだもん。気になっちゃって」
そりゃそうだ。私は大体戦場にいたのだから風呂の入りかたなんて知らない。水浴びできれば充分すぎるし、それ以上する理由がわからない。体が清潔なら病気をしないのだし、それに何の問題があるのだろうと思ってしまう。
とはいえ、そう言ってくれるのなら頼もうかな。
私はこくりと頷いて、レイチェルに手を引かれて浴室に入った。人前で裸を晒すのには抵抗があったもののそんなことを言っていたら話が進まないのでさっさと脱いだ。レイチェルはその辺りに抵抗はないようなのであっさり服を落とす。
彼女の視線が私の右肩に集中する。ちらりと目をやると、やはりそこには痛々しいほど広範囲に青あざがあった。気にしないでいいよ、と言って私はその部分にそっと手を当てる。レイチェルの綺麗な、透き通るような白い肌が視界に入ってくる。随分と酷い目にあったはずなのに、傷跡一つ見つけられなかった。戦場でうろうろしていないのにも関わらず傷だらけの私とはあまりにも違う。
・・・・・・まぁ、それもそうか。レイチェルの体は商品なのだから、整えておく必要がある。同じく体が商品の私とは、そもそも使用方法が違うのだ。私の場合、整備しておく必要があるのは内側で。レイチェルは外側だというだけのこと。まぁ、中には両方を兼ね備えたフィアという例外もいるのだが。あれは特例というか・・・・・
レイチェルは小さく息を吐きだして・・・・・まるで緊張を緩和させるかのようだったのが気になったが・・・・・・タオルにボディソープを染み込ませて泡立てた。それを、まるで壊れ物に触れるように私の体にそっと押し付ける。
「くすぐったい。もっと強くしていいよ」
「だめ。肌が傷ついちゃう」
「どうでもいいよ、どうせ傷だらけだし」
私のその言葉に、レイチェルは苦笑を浮かべた。
「そんなことないよ、とっても綺麗。私とは違う肌。滑々で、それでいて強靭で、綺麗な褐色。その下の筋肉も。生きるための、躍動する体はとっても綺麗だと思うの」
「・・・・・ないものねだりだ」
「そうだね。でも、だからこそ憧れるの。人ってそんなものだよ」
「ふぅん・・・・・・」
私は背中を流すレイチェルに向き合うために踵を返す。きゃ、と驚いたような声が聞こえ、真っ赤になったレイチェルの顔が視界に飛び込んでくる。実年齢よりも育ったレイチェルの胸を掴んでみる。びくっとレイチェルの体が震えた。ここは私にはまだないものだから、欲しくなるかと思って触ってみたが、どんな気分にもなりはしなかった。私の他人への興味なんてものはこんなものでしかないのだろう。
異性に愛されるための体をそっと手でなぞっていく。柔らかくて触り心地はいい。ただ、そんな体には憧れをいだけないし、欲しいとも思わない。それはたぶん、私が今の私に満足しているからだろう。性を知れば私も考え方が変わるのだろうか。
「シッタちゃん・・・・・・」
「・・・・・・ごめん。邪魔した」
謝ってから私はまた背中を向けた。
もう、興味はなかった。
仕事が休みの日は、ふらりと外に出ることにしている。最近は寝そべって狙撃銃を撃つばかりで運動ができていないのが理由で、大体、ぼーっと街角で煙草の煙を吐き出しているカシムに絡むことにしている。私の姿を見ると、カシムは逃げようとするが、自分よりも小さい娘相手に逃げるのはちょっと等と思い直すのか、びくびくしながら待ってする。
「カシム。暇だろ。遊ぼう」
「ひ、暇じゃねぇし。仕事あるし!」
「ぼけーっと煙草をふかすのは仕事じゃない」
「だって客がいないから・・・・・・」
「だったら私がまた客になってやるから、付き合え」
「そう言って、俺をまたボコす気だろーが! こっちも一応体資本の商売してんだって! 傷つけられたら困っちゃうの!」
「ちゃんと手加減してやるって」
「お前の話は信用ならないんだよぉおおおおおお!」
「ごちゃごちゃ言うな。男だろ」
「性別は関係ないだろぉおおおお!」
まぁ、それでも結局カシムは私の練習台になることに変わりはないのだが。
ちょっとした広場で、カシムを思う存分ぶん投げてすっきりした私は、持参したスポーツドリンクを口に含む。カシムはぐったりとしたまま必死で守り通した煙草を咥えて火をともした。寝たままの格好で起き上がりもせずにゆっくりと紫煙を吐き出す。器用なことだと思う。
「・・・・・・なぁ」
「ん?」
「なんか最近きな臭いのか? いつもより銃声が響くんだが」
さほど大きくない街だから、端から端まで離れていても狙撃銃の大きな音は聞こえてしまう。とはいえ、銃声なんてものはここの住人には常に鳴り響くものであって、自然なものでしかないはずなのだが、やはり頻度が増えれば気になるものなのだろう。
「気になる?」
「ん、ああ。姐さんが・・・・・・ああ、たまに働かせてもらってる店のオーナーなんだが、最近乱暴な客が増えてるんだってさ。ま、多少の暴力ぐらいはなんともないし、その分の上前を分捕るから別にいいんだけど、その客ってのが兵隊なんだってさ。集団で来て一気に女の子を買ってくんだけど、ちょっとヤバいらしいんだって。戦争でも起こるのかってオーナーが気にしてんだよ」
「なんでそれが戦争の話になるんだ。変態がいるだけだろ」
「ん~・・・・・・前の大きな戦争のとき、そういう神経がピリピリした奴らが増えたんだって。だから、こういう時は良くないことが起きる。オーナーの妹がそういう不憫なやつらに殺されたんだって」
「ふぅん・・・・・・」
「そういや、一人出禁にしたって言ってたな。その客の相手した娘が腕の骨折られたから」
「・・・・・・・物騒だねぇ。でも、もう出て行ったんでしょ」
「ん~・・・・・・上に連絡はしたらしいし、賠償金も出させたからもういないとは思うけどなー」
この街はありとあらゆる欲望が許される。金さえあれば。そして、命さえ奪わなければ。
金がなければ追放するか、働いてもらう。命を奪ったならば・・・・・・